神戸大学大学院人間発達環境学研究科の林 創 (はやし はじむ) 教授らは、大人だけでなく、小学生においても、あえて何も言わない「不作為の嘘」は、偽の情報を伝える「作為の嘘」よりも道徳的に甘く判断してしまう傾向が強いことを明らかにしました。この知見は、子どもの道徳性を高めていく指導を行う上で、見逃しやすい点であり、有用な情報となると考えられます。

この研究成果は、11月22日 (現地時間) に、国際学術雑誌「Journal of Experimental Child Psychology」に掲載されました。

ポイント

  • 私たちは、作為による悪いことを、不作為による悪いことよりもネガティブにとらえる (不作為の方が気にならない) 傾向がある。これを「不作為バイアス (omission bias)」と呼ぶ。
  • 小学生と大人の両方で、嘘の道徳的判断において不作為バイアスが生じ、作為の方を不作為よりも道徳的に悪いと判断した。
  • 大人における不作為バイアスの大きさは、利己的な嘘の方が他者をかばう嘘よりも大きく、また、意図的悪事を隠す嘘の方が偶発的悪事を隠す嘘よりも大きかったが、小学生では、状況による違いは見られなかった。

研究の背景

人は誰でも嘘をついたことがあり、嘘は身近な社会的行動です。子どもにおいても、親や先生に怒られるのを避けるために、悪事を隠そうとして嘘をつくことは頻繁に見られます。

嘘は行為の形態によって、2つのタイプに分けられます。一つは、「事実と違うことを相手に伝える」ことで欺くものです。私たちが「嘘」という言葉を聞いた時に通常思い浮かべるのはこのタイプであり、積極的な発言を伴っていることから、「作為による嘘 (lie of commission)」とみなせます。しかし、私たちは、事実を知っているのに「あえて何も言わない」ことで欺くこともあります。これは英語で lie of omission に相当し、日本では「不作為の嘘」と呼ばれることがあります。

人間は物事を判断するとき、常に客観的であったり、合理的であったりするわけではなく、認知バイアスによって歪みが生じる場合があることが知られています。作為と不作為についても同様で、私たちは、作為による悪いことを、不作為による悪いことよりもネガティブに判断する (不作為の方が気にならない) 傾向があります。これを「不作為バイアス」と呼びます。これは、「他者の大切なものを突き落として壊す/落下しそうな他者の大切なものに気づきながら支えない (その結果、落下して壊れる)」というように、「何かをする/何もしない」という「行動の有無」に主として焦点を当てられた研究から明らかになったことです。

本研究では、「発言の有無」に焦点を絞り、作為の嘘と不作為の嘘の道徳的判断においても不作為バイアスが生じるのかどうか、さらに年齢や状況によって、バイアスの程度に差があるのかを検討しました。

研究の内容

参加者

小学3年生 (8~9歳) 78人、6年生 (11~12歳) 76人、大人80人

課題と手続き

2つの類似したお話で構成された4場面を用意しました (Figure 1)。4場面のうち2場面は「利己的状況」で、主人公が自分を守るために先生を欺く場面でした。残りの2場面は「他者をかばう状況」で、主人公が同級生を守るために先生を欺く場面でした。

さらに、利己的状況の2場面のうち一方は、主人公がわざわざ悪いことをする「意図的悪事」 (例:ゴミ箱に投げ入れて遊んで、ゴミを散らかした) でした。もう一方は、主人公がうっかり悪いことをしてしまう「偶発的悪事」 (例:うっかりゴミ箱をひっくり返して、ゴミを散らかした) でした。

他者をかばう状況の2場面も同様で、一方は、同級生がわざわざ悪いことをする「意図的悪事」で,それを主人公が目撃しました (例:壁に落書きをしている同級生と目が合った) 。もう一方は、同級生がうっかり悪いことをしてしまう「偶発的悪事」で、それを主人公が目撃しました (例:うっかり壁を汚してしまった同級生と目が合った)

なお、各状況内の2場面で、主人公 (および同級生) の性別を入れ替えています。

各場面の2つのお話で、主人公の「意図」(例:先生に聞かれたら、「わたしではない」と言おうとした) と、「結果」 (例:主人公はホッとして喜んだ) は完全に同じでした。唯一の違いは、主人公の嘘が「作為」によるもの (偽の情報を伝える) か、それとも「不作為」によるもの (何も言わない) かでした。

Figure 1 4つの場面の構造
Figure 2 「利己的状況」かつ「意図的悪事」の場面の例

注) 「主人公」が女の子の例 (もう1つのお話のペアでは、性別を入れ替えている)。主人公の名前は一例である。

Figure 3 「他者をかばう状況」かつ「偶発的悪事」の場面の例

注) 「主人公」が女の子で「同級生」が男の子の例 (もう1つのお話のペアでは、性別を入れ替えている)。主人公と同級生の名前は一例である。

各場面で事実確認の質問をした後、2つのお話それぞれについて「善悪の評価」 (例:お話①で、みさきさんが「私ではありません」と言ったこと or お話②で、なおさんが何も言わなかったことは、どれくらい良いことですか、それとも悪いことですか?) を、7段階 (3:とても良い、2:まあまあ良い、1:少し良い、0:どちらでもない、-1:少し悪い、-2:まあまあ悪い、-3:とても悪い) で回答してもらいました。

結果 全学年の4場面全てで、作為による嘘を不作為による嘘よりも悪いと判断しており、大人だけでなく子どもでも、嘘の道徳的判断において不作為バイアスが見られました (Figure 4)。

Figure 4 善悪の評価の結果

次に、バイアスの強さを明確にするために、バイアス値を算出しました (Figure 5。これは、作為による嘘 (お話①) での善悪評定値から、不作為による嘘 (お話②) での善悪評定値を引き算し、符号を逆転させたものです。2つのお話で主人公の意図や生じた結果は完全に同一でしたので、もし私たちの嘘に対する道徳的判断が論理的であれば、バイアス値は0になるはずです。しかし、結果はすべてで統計的に有意に0より大きかったため、年齢や状況の違いを問わず、不作為バイアスが生じることが確認されました。

さらに、バイアスの強さは年齢によって違いがあり、小学3年生と6年生では4場面の間で差はなかったのに対して、大人では統計的に有意な差があり、利己的状況の方が他者をかばう状況よりもバイアスが大きく、また意図的悪事を隠す方が偶発的悪事を隠す場合よりバイアスが大きくなりました。事実確認質問から、悪事が意図的であったか偶発的であったかを区別できなかった参加者は分析から除外されていますので、子どもは大人と違って、状況に左右されず不作為バイアスが同程度に生起することがわかりました。

Figure 4を見直すと、不作為の嘘に対して、どの状況でも大人の方が小学3年生や6年生よりも寛容であることがうかがえ、このことが大人における不作為バイアスの強さを生み出していました。さらに、3年生から既に他者をかばう嘘に対して寛容な傾向が見られます。しかし、3年生では隠蔽する悪事の意図性の違いは評価に影響せず、6年生と大人では、他者をかばう状況において、他者の悪事が偶発的だった場合は、寛容に判断していることがわかりました。

Figure 5 バイアス値の結果

注) バイアス値が正であり、その値が大きいほど「作為の方がより悪い」と判断する傾向が強く、不作為バイアスがより強く生じていることになる。

今後の展開

子どもは誰しも「嘘は悪いことだ」と教えられて育ちますが、これらの知見を総合すると、子どもの嘘に対する道徳的判断は、幼い頃から長い時間をかけて変化していくことが示唆されます。

本研究の結果は、教育にも重要な意味を持つと考えられます。たとえば、子どもが自分や友達の犯した罪を報告しなかった場合、不作為バイアスが無意識に働くことで、「嘘をついていないから問題ない」と考えてしまうこともあるでしょう。この場合、親や教師など大人が、「真実を何も言わない」 (不作為の嘘) ことは、「虚偽の情報を提供する」 (作為の嘘) ことと同じ結果を生み出すことがあり、そうであれば、どちらも同じように悪いことであると指導すべき場合もあることでしょう。

しかし、本研究の結果は、大人でも嘘の道徳的判断において不作為バイアスが生起するだけでなく、むしろ子どもよりもバイアスが強く働くことを示しています。このことは、大人自身も「不作為による嘘に対して、甘く判断しがちになる傾向」に気づきにくいことを意味します。その結果、子どもの道徳性を向上させる機会を逸している可能性もあります。バイアスによる影響を大人が知っておくことで、子どもの嘘にかかわる道徳性を高めていくことができると考えられます。

用語解説

(認知) バイアス
傾向、偏向、先入観、データ等の偏り、思考や判断に特定の偏りをもたらす思い込み要因、得られる情報が偏っていることによる認識の歪み、といった意味で用いられる語 (『実用日本語表現辞典』より)。
作為と不作為
作為:法律で、人の行為のうち積極的な動作・挙動。
不作為:人が積極的行為をしないこと。消極行為。作為に対する語。
(『精選版 日本国語大辞典』より。一部改変)

謝辞

本研究は、JSPS科学研究費補助金 (JP18K03065,JP21K03026) の支援を受けました。

論文情報

タイトル
Omission bias in children’s and adults’ moral judgments of lies
DOI
10.1016/j.jecp.2021.105320
著者
Hajimu Hayashi, Nanaka Mizuta
掲載誌
Journal of Experimental Child Psychology

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SDGs

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