京都工芸繊維大学電気電子工学系 粟辻安浩教授、同大学院生 橋本蒼太さん (工芸科学研究科博士前期課程電子システム工学専攻)、井上智好さん (工芸科学研究科博士後期課程電子システム工学専攻)、神戸大学先端融合研究環 的場修教授、産業技術総合研究所計量標準総合センター 夏鵬主任研究員らの研究グループは、周波数が異なる複数の超音波が、それぞれ伝搬する様子を同時に動画として可視化することに世界で初めて成功しました。ディジタルホログラフィを応用した高速イメージング技術で撮影した音の像から周波数を求め、それを色に対応させて伝搬の様子とともに表示するアルゴリズムを開発することで実現しました。

この研究成果は、 2021年12月24日に、米国光学会 (Optica) が出版する科学論文雑誌「Applied Optics」に掲載されました。

ポイント

  • コンピュータ上で色を表す表現形式の1つであるHSL色空間の輝度を超音波が伝搬する様子に、色相を超音波の周波数に対応させることで、周波数が異なる複数の超音波がそれぞれ伝搬する様子を同時に可視化することに世界で初めて成功しました。

研究の背景

音が伝搬している空間である音場の可視化は、楽器の開発や建築物の設計、自動車や飛行機のエンジンやモータの騒音解析など主に工業分野にとって重要です。一般的に、音の計測にはマイクロホンが用いられますが、計測対象の音場中への設置が必要であり、マイクロホンの存在自体が計測対象である音場を乱し、計測を阻害する音の発生源にもなります。そこで、場を乱さずに音場を可視化できる、光を用いた音場計測技術に近年注目が集まっています。しかし、これらの技術で可視化された音場の動画像は音の伝搬の様子しか観察できていませんでした。

京都工芸繊維大学 粟辻安浩教授、同大学大学院博士前期課程 橋本蒼太さん、同大学院博士後期課程 井上智好さん、神戸大学先端融合研究環 的場修教授、産業技術総合研究所計量標準総合センター夏鵬主任研究員らの研究グループは、ディジタルホログラフィを応用した高速可視化技術で撮影した音の画像から周波数をコンピュータで求め、それを色に対応させて伝搬の様子と同時に可視化するアルゴリズムの開発を行い、周波数が異なる複数の超音波の伝搬の様子を同時に動画として可視化する技術の実証に初めて成功しました。

研究の内容

図1 光を用いて音場を可視化する手法の概念図

音場中では、音が伝わる媒質の密度が変化します (図1)。光波は、明るさを表す強度と伝搬する方向を表す位相という2つの情報を持っており、光波が音場を通過するとき、媒質の密度に応じて光波の位相に変化が生じます。通常の写真では光の明るさのみを記録するため、この位相変化を記録するためにはこの光を基準となる光と干渉させて記録する必要があります。ディジタルホログラフィ※1は光波の干渉によって生じる明暗の縞である干渉縞を記録し、物体の像を再生する技術であり、光波の位相の変化を記録できます。しかし、音場によって生じる光波の位相変化は高速であり、通常のカメラでは記録できません。そのため、ディジタルホログラフィと高速度カメラを組み合わせることによって、時々刻々と高速に変化する音場の様子を動画像として記録・観察できます。

まず、本研究グループの発明である並列位相シフトディジタルホログラフィ※2 (図2) と呼ばれる、光の位相を動画像記録できる技術を用いてスピーカから発される時間的空間的に変化する音場を撮影し、位相像を再生しました。

図2 実証実験に用いた光学系

偏光イメージングカメラの前面には微小偏光子アレイがある。偏光子とはある方向に振動する光だけを透過させる素子である。この偏光イメージングカメラと偏光ビームスプリッタ、偏光子を用いることで並列位相シフトディジタルホログラフィを実現できる。

図3に本研究で開発した周波数が異なる超音波の伝搬の様子を同時に可視化するアルゴリズムのフローチャートを示します。位相像を再生後、音場の像をより鮮明に映し出すため、時間順に並んだ位相動画の中での1コマ前の画像との間で減算して位相差分を表す動画を計算で求めました。また、位相画像に短時間フーリエ変換を適用して、位相変化の周波数を計算で求め、色の表現方法の一つであるHSL色空間※3を用いて、超音波を周波数ごとに色付けしました。音が伝搬する様子と周波数の空間分布を可視化することは、建築物の構造設計や自動車の騒音解析など様々な産業において重要です。

まず、2つのスピーカからそれぞれ異なる周波数で発される超音波の様子をホログラムとして撮影しました。その後、開発したアルゴリズムによって、伝搬の様子と周波数の空間分布を同時に記録したカラー動画像を取得しました (図4)。今回、論文で報告した実証実験では並列位相シフトディジタルホログラフィを用いて音を撮影しましたが、本技術は他の技術で得られる音場の動画像にも適用できます。

図3 音波が伝搬する様子と周波数の同時可視化動画像取得までのフローチャート
図4 2つのスピーカからの異なる周波数の超音波が伝搬する様子を同時に動画像観察した実験の結果

(a) から (o) に向かって時間が進んでいる。超音波の伝搬の様子が輝度によって、また、周波数の空間分布が色相によって可視化できており、二つの異なる周波数の超音波の伝搬を動画像観察できていることがわかる。今回開発した技術は超音波に限らず、人が聞こえる可聴音や、さらに低い周波の音にも適用できる。

今後の展開

今後の展開として、可視化する音の対象を可聴域やさらに低い周波数領域に拡張することが挙げられます。これにより、本技術が楽器、音響機器の開発、自動車や航空機のエンジンやモータ、工作機械などの騒音解析など様々な工業製品開発の分野で、より実用的なツールとなることが期待できます。

用語解説

※1 ディジタルホログラフィ
光の回折と干渉を利用して、物体からやってくる光のすべての情報を記録・再生できる3次元画像技術です。私たちが物体を見るときに認識している、物体を透過または物体で反射した光である物体光と、基準となる光(参照光)を干渉させて、干渉した光の明るさ分布をCCDやCMOSイメージセンサ等のカメラを用いて干渉縞画像としてディジタル記録します。記録された干渉縞画像がホログラムです。記録したホログラムに対してコンピュータで計算処理をすることで、奥行きの情報を含めた、物体の3次元情報を復元できます。さらに、干渉縞画像がディジタル的に得られることにより、結果の定量評価ができるため、3次元画像計測に応用できます。
※2 並列位相シフトディジタルホログラフィ
ディジタルホログラフィを応用した、物体の3次元情報を動画像記録できるようにした技術です。従来のディジタルホログラフィで重畳してしまう不要な像を並列位相シフトディジタルホログラフィでは消すことができ、鮮明かつ正確な物体の像を、動画像として記録できます。
※3 HSL色空間
色を色相、彩度、輝度の3つの要素であらわす表現方法の一つです。人間にとって要素の変化と色の変化の対応が想像しやすいため、様々なソフトウェアで活用されています。

謝辞

本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 挑戦的研究(萌芽)「超音波伝搬の高速度ナノ分解能3次元動画像計測法の創生」、学術変革領域研究(A)「散乱・揺らぎ場における光の伝搬の可視化」ならびに「時空間光波シンセシスによる散乱透視基盤の構築」の支援を受けて行なったものです。

論文情報

タイトル
Simultaneous imaging of sound propagations and spatial distribution of acoustic frequencies
DOI
10.1364/AO.444760
著者
Sota Hashimoto, Yuki Takase, Tomoyoshi Inoue, Kenzo Nishio, Peng Xia, Sudheesh K. Rajput、 Osamu Matoba、 and Yasuhiro Awatsuji
掲載誌
Applied Optics

研究者