野生ランであるサギソウは、純白の花びらの形が空を舞う白鷺を思わせるため「鷺草」と呼ばれ、古くから人々に愛されてきました。しかし今日にいたるまでサギソウの花を特徴づけるギザギザの形状の適応的意義は不明なままでした。そこで神戸大学大学院理学研究科の末次健司准教授、阿部裕亮氏 (令和3年度修士課程修了)、朝井健史氏 (姫路市立手柄山温室植物園)、松本修二氏 (姫路市立手柄山温室植物園)、長谷川匡弘氏 (大阪市立自然史博物館) からなる研究グループは、この謎を明らかにすべく「自生地におけるギザギザの切除実験」と「花粉を運んでくれる昆虫の詳細な行動観察」を3年間にわたり行いました。その結果、サギソウ自生地でギザギザを切除した個体は、切除しなかった個体と比べ、果実1個あたりの健全な種子数が低下することがわかりました。さらにサギソウの主要な花粉の運び手であるスズメガが、サギソウの蜜を吸う際に通常はギザギザ部分に中脚をかけて掴まる一方で、ギザギザを切除するとしばしば花びらに脚をかけることができなくなることがわかりました。つまりギザギザは花粉を運ぶスズメガの支えとして機能していたのです。スズメガは、主にホバリングしながら蜜を吸うと考えられてきました。本研究は、サギソウがスズメガを花粉の運び手として利用しているにも関わらず、その目立つギザギザが視覚的なガイドというよりむしろスズメガの吸蜜中に花を掴むための支えとして進化してきたことを示唆する重要な成果といえます。

本研究成果は、6月21日に、国際誌「Ecology」にオンライン掲載されました。

研究の背景

被子植物のうちおよそ9割の種が、花粉や蜜などの報酬を提供し、ハナバチなどの動物に花粉を他の花に運んでもらうことで、受粉の手助けをしてもらっています。この花粉を運ぶ動物との相互作用は、花形態の多様化にも大きな役割を果たしてきたことが知られています。特にラン科植物は、花屋さんで見かけるコチョウランなどでも分かる通り、華やかな形を進化させたものが多数存在します。ランの仲間は、3枚の花びらのうちの1枚が、とりわけ大きく立派になっており注1、この花びらの形態も花粉を運んでくれる昆虫と共に進化してきたと考えられています。実際にラン科植物は決まった種類の昆虫を、花粉の運び手として利用する種が非常に多く、その爆発的な花びらの形態の多様性は、それぞれのラン科植物が特定の昆虫を呼び寄せるように進化した結果、生み出されたと考えられています。

湿地に生息する野生ランであるサギソウもこの例にもれず複雑な花びらを進化させています。この空を舞う白鷺を思わせる美しい見た目から、古くから園芸植物としても親しまれてきました (図1)。

図1. 白鷺が舞うような美しい花を咲かせるサギソウ

しかしながらサギソウがもつギザギザ状に裂ける特徴的な花びらの形が、花粉を運んでくれる昆虫とどのような相互作用のもとに進化してきたのかは今日にいたるまで不明なままでした。

研究の詳しい内容

そこで私たちはサギソウの花びらのギザギザが繁殖成功にどのような形で寄与しているのかを解明すべく、まず「自生地におけるギザギザの切除実験」を行いました。一般的に花びらは主に視覚的な目印として機能すると考えられています。特にサギソウの主要な花粉の運び手であるスズメガは一般的に空中で停止しホバリングして花の蜜を吸うため、足場は不要であり目印としての役割がギザギザの主要な機能であると予測しました。スズメガは夜行性ですが、ある程度視覚に頼って花を認識していることが知られており、ギザギザのある大きな花を好みます。このためカラスウリなどの他のスズメガ媒でも花弁の裂片が深く分かれていたり、縁取られたりしているものがよく見られます。よってギザギザのある花は、ギザギザのない同じ直径の花よりも資源を節約できるため、ギザギザは大きな花を好むスズメガを、効率良く花におびき寄せるための適応と考えられてきました。

図2 自生地でのサギソウのギザギザ切除の結果

予想外にも花粉の運び手の訪問頻度の指標となる花が果実に成長する確率は低下せず、果実1個あたりの健全な種子数だけが減少した。

もしギザギザが視覚的な目印として機能するならば、ギザギザを切除した場合、花粉の運び手の訪問頻度の指標となる果実をつける確率が減少すると予測できます。しかし予想外にも、サギソウではギザギザを除去しても、果実に成長する確率が減少しないことが分かりました (図2)。つまりサギソウのギザギザは、スズメガを花におびき寄せるのにそれほど重要な役割を果たしていなかったのです。一方で、花びらのギザギザを切除したものは、切除しなかったものと比較し果実の中に健全な種子が入っている確率が低下しました (図2)。さらに人工的に受粉させたサギソウでは、ギザギザを切除しても、切除していない個体と同程度の健全な種子をつけたことから、ギザギザの切除による種子生産量の低下の原因が、切除のダメージではなくスズメガを初めとする花粉の運び手との相互作用にあることが示唆されました。

図3 「自生地におけるギザギザ切除」と「花粉の運び手であるスズメガの詳細な行動観察」から今回新たに提唱されたサギソウのギザギザの適応的意義

そこで健全な種子数の減少が、花粉の運び手の行動とどのように関係しているのかという観点から、「主要な花粉の運び手であるスズメガの詳細な行動観察」を行うことにしました。その結果、サギソウの主要な花粉の運び手であるスズメガがサギソウから吸蜜する際に、ホバリングしているかのように翅を羽ばたき続ける一方で、必ずギザギザ部分に中脚をかけて掴まっていることがわかりました。しかしながらギザギザを切除すると、花びらに脚をかけることができなくなるケースが多々見られました。つまりギザギザを切除した花で健全な種子ができる確率が低下したのは、ギザギザが無くなると花粉を運んでくれるスズメガの訪花姿勢が不安定になり、切除していない個体と比べて受け渡される花粉の量が少なくなったことに起因すると考えられます (図3)。

これまで花びらの機能としては、花粉を運んでくれる昆虫を視覚的に花に呼び寄せる役割に着目が集まっており、それ以外の機能はあまり注目されてきませんでした。特に本研究は、主にはホバリングしながら蜜を吸うと考えられきたスズメガが、目立つギザギザを視覚的なガイドというよりむしろ吸蜜中に花を掴むための支えとして利用していることが分かったことは、私たちにとっても思いも寄らない成果でした。サギソウは古くから人々に愛されてきた植物で、死んだ白鷺の魂がサギソウに生まれ変わったという御伽噺が残されているほどです。純白の花びらの形が空を舞う白鷺を思わせるため「サギソウ」と名付けられた植物について、その特徴を根源ともいえるギザギザの形状の予想外の適応的意義を明らかできたことをうれしく思います。

注釈

注1
ランの仲間に見られる大きな花びらは、学術的な用語で「唇弁」と呼ばれ、他の花びらと区別される。

論文情報

タイトル
Specialized petal with conspicuously fringed margin influences reproductive success in Habenaria radiata (Orchidaceae)
DOI
10.1002/ecy.3781
著者
Kenji Suetsugu, Yusuke Abe, Takeshi Asai, Shuji Matsumoto, and Masahiro Hasegawa
掲載誌
Ecology

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研究者

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