神戸大学大学院保健学研究科博士課程前期課程2年生の森脇遥花(指導教官:重村克巳 准教授)らと、台北医学大学のSung Shian-Ying准教授らの研究グループは、細胞の接着に関わるADAM9というタンパクが膀胱癌の増悪・進展※1に関与しており、癌の悪性度が高い方がADAM9タンパクの発現が多いことを発見しました。今後はADAM9をターゲットにした、癌の予後予測や新たな治療法の開発による臨床への応用が期待されます。

この研究成果は、6月6日に、Biomoleculesに掲載されました。

ポイント

  • ADAM9タンパクの発現が少ないほうが、膀胱癌細胞の増殖や浸潤が抑えられる。
  • 膀胱癌において、悪性度が高い方がADAM9タンパクの発現が多い。

研究の背景

図1 癌の浸潤・転移の仕組み

膀胱癌は、筋肉に「浸潤するもの (筋層浸潤癌)」と「浸潤しないもの (非筋層浸潤癌)」に分類され、両者で治療法が異なります。筋肉に浸潤するタイプの癌では、進行率と再発率が高いため、通常は膀胱を全て摘出し、転移の可能性のあるリンパ節を同時に切除します。しかし、この手術は患者への負担が大きく、手術後の生活の質 (QOL) の低下を招くため、安全かつ効果の高い新たな治療法が求められています。

癌の増悪機構の一つに、上皮系細胞※2が間葉系細胞※3の性質を獲得する、上皮間葉転換 (Epithelial Mesenchymal transition;EMT) という転移に関わる機序があり、膀胱癌細胞は他の癌に比べて、EMTによって高い転移能を獲得します。ADAM9は前立腺癌において、EMTに関与し、転移を誘導する (図1) ことが明らかとなっています。

そこで本研究では、膀胱癌の悪化におけるADAM9の関与を調査し、ADAM9が膀胱癌細胞におけるEMTを予防するための新しい治療標的になり得るかどうかを検証しました。

研究の内容

正常な細胞では体や周囲の状態に応じて、細胞の増殖が調節されていますが、癌細胞は体からの命令を無視して増え続けるという特徴があります。ADAM9の発現を抑制しない場合には時間経過に伴って癌細胞が増えていますが、ADAM9タンパクの発現を抑制した場合には、非筋層浸潤癌・筋層浸潤癌のどちらにおいても、膀胱癌細胞の増殖は有意に抑制されました (図2)。


図2 ADAM9発現抑制による細胞増殖抑制効果

また、筋層浸潤癌において、ADAM9の発現を抑制すると、膀胱癌細胞による傷の治癒力が有意に抑制され、発現を抑制しない場合と比べて傷が塞がりませんでした (図3)。傷口の治癒の際、傷口へ向かって細胞集団の移動が起こりますが、これが癌の浸潤や転移に関わるため、ADAM9の発現抑制によって傷の治癒が抑制されることは、癌の浸潤や転移を起こしにくくするということを意味します。


図3 ADAM9発現抑制による傷の治癒抑制効果

そして、ADAM9の発現を抑制すると、非筋層浸潤癌においてVimentin発現量の減少とE-cadherinの上昇が見られ、筋層浸潤癌においてVimentinおよびN-cadherinの減少とE-cadherinの上昇がみられました (図4)。VimentinとN-cadherinは間葉細胞に特有の物質で、E-cadherinは上皮細胞に特有の物質であり、このことから、ADAM9の発現を抑制することによって、EMTが抑制される (間葉細胞の特有物質を減らし、上皮細胞の特有物質を増やす) ことが示されました。


図4 ADAM9発現抑制によるEMT抑制効果

さらに、ADAM9タンパクの発現は悪性度の高い癌においてより多く、ADAM9が癌の増悪の一因であることが示されました (図5)。さらに、周囲の細胞や筋肉への浸潤がある癌において、ADAM9タンパクの発現量が有位に多いことが明らかになりました (図4)。正常な細胞や周囲に浸潤のない癌と比較し、浸潤のある癌においてADAM9タンパクの発現が多いということは、ADAM9が膀胱癌の浸潤・転移に関わっているということです。

図5 ADAM9タンパク発現と膀胱癌の悪性度

以上の結果から、ADAM9は膀胱癌において細胞増殖や転移に深く関与しており、それによって癌の増悪・進展を引き起こすことが示唆されます。

今後の展開

癌がどのように転移するのか?は永遠のテーマです。本研究でわかったことは、ADAM9がEMTを抑制することで、膀胱癌細胞の浸潤や転移が起こりにくくなるということです。癌は転移により根治が難しくなり、患者様自身へ強い痛みや悲しみを与えてしまうため、転移を防ぐ治療法の確立が強く望まれており、この研究がその一つの候補となる可能性があります。

現在、前立腺癌においてADAM9の関連性を検討しているところです。前立腺癌は転移を起こしやすく、また、患者数が10万人を超える、男性癌患者の中で最も多い癌であることから、より多くの人に対して新たな治療法の選択肢を与えることができると考えられます。また、前立腺癌は人種差による進行度・予後の差が大きいとされています。本研究は台北医学大学との共同研究であり、人種差の小さい隣国台湾と共同研究を行うことで、東アジア人種に関して精度の高い研究を進めることが可能となります。そして将来的には、ADAM9をターゲットにした癌の予後予測や新たな治療法の開発による臨床への応用が期待されます。

本研究では、引き続き台北医学大学との共同研究を進めて、優れた研究成果を上げるとともに、大型競争的資金の支援獲得を目指しながら、世の中の役に立つ (社会実装) 研究を重視した活動を実践していきます。また今後は、医学―保健学分野にとどまらず、工学、薬学の分野とも協同し、さらには社会科学の分野とも連携したビジネス展開も視野に入れて、2大学発国際ベンチャーなども目指していきます。

用語解説

※1 癌の進展:
①癌が発生したところから移動 ②血管に浸潤 ③血流に運ばれる ④遠くの臓器へ転移 ⑤転移先で増殖 という一連の流れ。
※2 上皮系細胞:
体や臓器などの表面を覆う細胞。上皮細胞は、隣り合う細胞同士が互いに強く結合することで細胞の層を構成している。
※3 間葉系細胞:
結合組織、骨、筋、脂肪などの非上皮細胞。上皮細胞のような結びつきはなく、部分的な点のみで細胞同士の相互作用を行う。
※4 移行上皮癌:
腎盂(腎臓と尿管の接続部分)、尿管、膀胱、尿道の一部を覆う上皮細胞の癌。

謝辞

本研究は、神戸大学の国際共同研究強化事業B型 (国際共同研究育成型) の助成を受けて実施しました。

論文情報

タイトル
Relevance of A Disintegrin and Metalloproteinase Domain-Containing (ADAM) 9 Protein Expression to Bladder Cancer Malignancy
DOI:10.3390/biom12060791
著者
Michika Moriwaki, Trang Thi-Huynh Le, Shian-Ying Sung, Yura Jotatsu, Youngmin Yang, Yuto Hirata, Aya Ishii, Yi-Te Chiang, Kuan-Chou Chen, Katsumi Shigemura and Masato Fujisawa
掲載誌
Biomolecules

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