蜘蛛の糸のように強くて伸縮性のある天然動物性繊維は、ポリペプチド構造を持ち、それをモチーフとした機能性材料の開発が活発に行われています。人造ポリペプチドの原料となるα-アミノ酸N-カルボン酸無水物(NCA)は、分解しやすい化合物であるため、市販品を手に入れることが難しく、必要な場所で、必要な時に、必要な量を合成しなければなりません。NCAは一般に、植物由来のアミノ酸と、ホスゲンから合成されます。しかし、ホスゲンは極めて高い毒性を持ち、その使用には危険が伴うため、それを代替できる新たな化合物や化学反応が求められてきました。神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授の研究グループは、同グループで開発した光オン・デマンドホスゲン化反応を使って、汎用有機溶媒のクロロホルムとアミノ酸から、安全・安価・簡単にNCAの合成に成功しました。

本研究成果は2018年11月と2019年11月の特許出願を経て、2022年10月19日に、関連の学術論文がACS Omegaにweb掲載されました。

ポイント

  • ポリペプチド原料 (NCA) を、光で安全に、オン・サイト、オン・デマンド合成できる。
  • 汎用有機溶媒のクロロホルムと市販のアミノ酸から、11種の合成に成功。
  • 実験室レベルで、~十gスケールの合成を達成 (kgまでスケールアップ可)。
  • 従来の合成法 (ホスゲン法) や代替法と比較して、原料が安価で、作業がシンプルで簡単、廃棄物が少ない。→コストダウンにつながり、環境負荷を低減できる。
  • 反応は可視光でも進行し、太陽光による合成が原理的に可能。
  • バイオ由来の機能性ポリペプチドの開発 (産業・アカデミア) を加速させる研究成果。
  • カーボンニュートラルおよびSDGsに大きく貢献する科学技術となることが期待される。

研究の背景

ホスゲン (COCl2) は、医薬品中間体やポリマーの原料として用いられています。世界のホスゲン市場は現在も年数%の規模で増加を続けており、年間800~900万トン生産されています。しかし、極めて高い毒性を持つため、安全性の理由から、それを代替することができる化合物や化学反応の研究開発が行われてきました。津田准教授らの研究グループは、汎用有機溶媒のクロロホルムに紫外光を照射すると、酸素と反応して、ホスゲンが高効率で生成することを世界で初めて発見しました (特許第5900920号)。そしてそれをさらに安全かつ簡単に用いるために、クロロホルムにホスゲンと反応させるための反応基質や触媒をあらかじめ溶解させておき、光でホスゲンを発生させると、即座にそれらが反応して生成物が得られる手法を発見しました (特許第6057449号)。この方法では、あたかもホスゲンを使用していないかのように、ホスゲンを用いる有機合成を実施することができます。研究グループはこれを「光オン・デマンド有機合成法」と命名し、これまでに数多くの有用な有機化学薬品やポリマーの合成に成功してきました (特許リスト:Patents of Tsuda Laboratory)。例えば、クロロホルムとアルコールの混合溶液 (必要に応じて塩基も混合) に紫外光を照射するだけで、安全・安価・簡単・大量にクロロギ酸エステルやカーボネートを合成することに成功しています (図1)。

図1. カーボネートの合成方法(a) 従来法 (b) 光・オンデマンド合成法

このような神戸大発のオリジナリティーの高い化学反応を、国内化学企業の産学連携で協力して発展させ、実用化に向けた研究を行ってきました。また、JST A-STEPによる支援を受け、この合成法のさらなる応用研究、ならびに機能性ポリウレタンの開発を行ってきました。光オン・デマンド有機合成法は、安全性と経済性が高く、また、低環境負荷であり、持続可能な化学品合成法として現在、産業界およびアカデミアで大きく注目されています(Highlight of Tsuda Laboratory)。

研究の内容

本研究では、クロロホルムとα–アミノ酸を原料として、ポリペプチドの原料となるα-アミノ酸N-カルボン酸無水物 (NCA) の光オン・デマンド合成に成功しました (図2)。水に溶けやすいα–アミノ酸は、有機溶媒のクロロホルムに溶けにくく、従来の光オン・デマンド合成法ではNCAを合成することができませんでした。しかし、水やクロロホルムと混じり合うアセトニトリル (CH3CN) を溶媒として添加したところ、NCAが高収率 (~91%) で得られることを発見しました。アセトニトリルは、光を吸収してクロロホルムの光酸化反応を妨げるため、通常であれば反応は進行しないと予想されます。

図2. 本研究で (a) 新たに開発した光オン・デマンドNCA合成法と、(b) 合成したNCA

しかし驚くことに、それが過剰に存在しても反応が進行することを見出して、本研究成果を得ることができました。この光反応は、光で分解する原料 (アミノ酸) を除いて、ホスゲン法で合成されるNCAの多くに利用でき、現在までに11種のNCAの合成を達成できました。

具体的な合成方法として、クロロホルムとアセトニトリルの混合溶媒にα–アミノ酸を懸濁させた溶液に、70℃で2~3時間光照射を行い、ランプをOFFにしてさらに1時間程度の加熱・撹拌を行うことによってNCAを生成しました。これを抽出して精製することによって、高純度のNCAを合成することができました。クロロホルムの光酸化は、C–Cl結合の光開裂で開始するラジカル連鎖反応で進行するため、用いる光源はそのままにして、反応容器のサイズを大きくするだけで、~10gスケールの合成を達成できました。さらなるスケールアップも可能であり、アカデミアから化学産業まで幅広い分野での利用が期待されます。

今後の展開

本研究で開発した新たな光オン・デマンドNCA合成法によって、ポリペプチドの原料となるNCAを安全・安価・簡単・大量に合成することができるようになりました。NCAの入手が容易になったことで、人造ポリペプチドの研究開発が加速し、天然動物性繊維を凌駕する新たな機能性ポリペプチド繊維など、新材料の誕生が期待されます (図3)。加えて、それらの原料として植物由来のアミノ酸を用いることで、時代のニーズに即した次世代バイオマテリアルとしての役割を期待できます。

津田グループでは、上記研究開発に取り組む一方で、希望される企業への特許のライセンスや技術指導によって、光オン・デマンドNCA合成法の社会実装を目指しております。産学連携によって、当該研究のさらなる発展を期待しています。

図3. 植物由来アミノ酸を出発原料とするポリペプチド合成スキーム

謝辞

本研究は、科学技術振興機構 (JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP) 産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能・高付加価値ポリウレタン材料の開発」(研究代表:津田 明彦) による支援を受けて実施しました。

特許情報

発明の名称

アミノ酸−N−カルボン酸無水物の製造方法

特許出願

特願2018-214999 [出願日2018年11月15日]

優先権主張出願

特願2019-206123 [出願日2019年11月14日]

公開

特開2020-83882 [公開日2020年6月4日]

発明者

津田 明彦

出願人

神戸大学

論文情報

タイトル

Photo-on-Demand Synthesis of α-Amino Acid N-Carboxyanhydrides with Chloroform

DOI

10.1021/acsomega.2c05299

著者

杉本敏幸 (Toshiyuki Sugimoto), 桑原那弥 (Tomoya Kuwahara), 梁凤英 (Fengying Liang), 王惠荣 (Huirong Wang), 津田明彦 (Akihiko Tsuda)*

* Corresponding author
神戸大学大学院理学研究科

掲載誌

ACS Omega

研究者

SDGs

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