吉岡祥一 教授

30年以内に70~80%の確率で発生するとされる南海トラフ地震は、死者数最大32万人超という東日本大震災をはるかに上回る甚大な被害が想定されている。海側のフィリピンプレートが陸側のユーラシア(または、アムール)プレートの下に沈み込むことによって蓄積したひずみが限界に達すると、陸側のプレートが跳ね上がって起きるとされるが、近年はプレート境界で起きる「スロースリップ」と呼ばれるゆっくりとしたすべりと巨大地震との関連が注目されている。巨大地震発生のメカニズムの解明や予測はどこまで進んでいるのか。コンピューターによるデータ解析や数値シミュレーションで地震のメカニズムに迫る都市安全研究センターの吉岡祥一教授に、地震研究の現状や可能性について聞いた。

小学生のころに観た映画「日本沈没」が原点

そもそも、なぜ地震を研究しようと思われたのですか?

吉岡教授:

振り返ってみると、小学生のころに祖母に連れられて観た映画「日本沈没」ですね。火山のマグマが噴出したり日本が沈没したりするダイナミックな映像に圧倒されて、地球物理に興味を持ったと思います。神戸大学理学部時代は、広い意味では地震も含む固体地球物理という分野で、岩石鉱物学という研究室に所属し、地震ではなく周辺のことを学んでいました。その後、京都大学大学院で地震予知計測部門に入り、地震学を研究するようになりました。

1995年の阪神・淡路大震災は研究に影響がありましたか?

吉岡教授:

当時、愛媛大学で助手をしていましたが、200㎞以上離れた松山市でもかなり揺れ、最初は東海地震が起こったのかと思いました。震災の3週間後ぐらいに現地に入り、淡路島の野島断層を見たり神戸市内を回ったりして、学生時代に住んでいた建物もなくなっていたのを記憶しています。愛媛大学に地震の専門家がいなかったので、いろいろ貴重な経験をさせてもらいましたが、まだ固体地球物理を純粋なサイエンスとして研究していたので、地震に真正面から取り組むという感じではなかったですね。

コンピューターで観測データを解析

地震の予知や発生のメカニズムといった現在の研究につながるのは、いつごろ、何がきっかけだったのですか?

吉岡教授:

2009年に神戸大学の都市安全研究センターに着任したことですね。当センターは、「人の命を守る」とか「防災・減災」をうたい、工学系の研究者が多く、人の役に立つ研究をされていたので、私も地震予知とか発生メカニズムの研究に本格的に取り組んでいこうと思いました。それまでは、地球の深いところを中心に研究していましたが、大きな地震は浅いところで起きるので、深さ50㎞ぐらいまでを研究の中心に据えました。今まで培ってきた私なりの手法や独自性を生かして研究を続けていけばいいと考えました。

独自性というのは、具体的にはどういうことでしょうか?

吉岡教授:

観測によって地震を研究する方はたくさんいますが、私は観測は行わず、専らコンピューターによるデータ解析とか数値モデリングといったアプローチを自分なりにやってきたということです。なるべくオリジナリティの高い研究をやりたいので、他の研究者が行っている研究の追随はしていません。自分でいろいろなアイデアを出したり、学生たちとディスカッションしたりして、学生たちとのコラボで研究室としてオリジナリティの高い研究を進めることを目指しています。

観測データの解析によって、巨大地震の発生メカニズムを解明しようというのはチャレンジングです。神戸大学の国際共同研究強化事業に採択され、メキシコ、チリの研究者と一緒に取り組まれますね。

海外の共同研究者らとのミーティング

吉岡教授:

日本やメキシコ、チリの観測データを使った数学的・物理学的なアプローチによって、地震の発生メカニズムの解明や予測に迫れないかと考えています。3カ国とも環太平洋に位置し海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込み、巨大地震が発生しやすい場所です。日本では2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、チリでは1960年にマグニチュード9.5という世界最大のバルディビア地震や2010年にマグニチュード8.8のマウレ地震が起き、メキシコでも2017年にマグニチュード8.2のテファンテペック地震が発生しました。さらに、地震が起きていない「地震空白域」が存在していることも共通しています。日本では南海トラフとか、メキシコでも100年以上地震が起こっていないゲレロ地方とか、チリでも地震が起きていない空白域があります。

もともと都市安全研究センターの制度で、メキシコとチリから今回の共同研究者を招いたことがあって、以前から交流がありました。研究内容が近いこともあって、タッグを組むと面白いことができるんじゃないかと思いました。

阪神・淡路大震災後に「スロースリップ」発見

近年、プレートの境界で「スロースリップ」(スロー地震)といわれるゆっくりとしたすべりと巨大地震の関係が注目されています。

吉岡教授:

「スロースリップ」はプレート境界がゆっくりとズルズルすべる現象で、2000年ごろに日本で発見されました。阪神・淡路大震災後、防災科学技術研究所が「Hi-NET」という高感度地震観測網を全国に整備し、従来は電車やトラックの振動などのノイズと思われていた細かい微動が隣の観測点でも見つかるようになりました。そのノイズを詳しく調べた結果、四国の北部から紀伊半島中部を通って東海地方まで、南海トラフの想定震源域の深部延長面上に帯状にきれいに並んでいることが分かりました。また、国土地理院が高性能のGPSの観測網を全国1300カ所くらいに設置し、地面がどう動くか時々刻々観測することで、九州と四国の間の豊後水道でゆっくりしたすべりが発見されました。その後、米国・カリフォルニアやカナダ、ニュージーランド、アラスカなど環太平洋地域でも、地震空白域のプレート境界の深部の延長面上で「スロースリップ」が確認されています。

この「スロースリップ」をコンピューターでシミュレーションすることでも、大地震の発生メカニズムやある程度の予測、どういう推移をたどるかなどが解明できるんじゃないかと思っています。スロー地震がファースト地震(普通の地震)を引き起こすことがあることも分かってきているので、試してみる価値はあります。

今後の研究の進め方と目標を教えてください。

吉岡教授:

巨大地震の発生メカニズムの解明という本質に迫るのはなかなか難しいですが、できる範囲でコツコツと国際共同論文につながるようにやっていきたいですね。日本は高品質で豊富な観測データがあり、それぞれが培ってきた技術もあり、メキシコの研究者が説明可能な地震発生の数理モデルをつくるとか、チリの研究者にはAI(人工知能)の専門家もいるので何か見えてくるのではないかと思っています。また、われわれは「温度構造モデル」といって、温度と圧力の上昇で脱水するとすべりやすくなるという温度と脱水の関係と、実際の地震との関連性をモデリングすることで、少しでも本質に近づけないかと考えています。

地震の予知は難しいと言われますが、将来、可能になりますか?

吉岡教授:

南海トラフ地震は、過去の地震をもとに90年~150年に1回の周期で起こる、と統計的に発生確率を予測しています。一番の問題は、この予測では、高感度地震計やGPSでとらえた現在の観測データをまったく使っていないことです。東北地方太平洋沖地震では、「スロースリップ」が直前に海域で起こっていたといったデータも得られているので、そのようなデータを使って「スロースリップ」との関係性をうまく見つけて予測につなげられればと考えています。地震予知では、発生場所、発生時期、地震の規模の3要素をきちっと当てないといけないので、予知という言葉は最近ではあまり使われていませんが、特に発生時期を予測するのは難しいです。数年レベルぐらいまでに縮められればいいのですが、将来、ひょっとするとブレークスルーが起きるかもしれないと期待して、次世代に研究をつなげていければと思っています。

研究者略歴

1990年11月京都大学大学院理学研究科地球物理学専攻、理学博士取得。1994年4月~1997年7月、愛媛大学助手。1997年8月~2009年9月、九州大学大学院准教授、2009年10月から現職。2020年4月から2022年3月まで都市安全研究センター長を務めた。

海外研究者のメッセージ

Marina ManeaさんとVlad Constantin Maneaさん
  • Marina Manea メキシコ国立自治大学上級研究員
  • Vlad Constantin Manea メキシコ国立自治大学上級研究員

離れていてもデータの共有といった研究交流は行えますが、実際に神戸大学に滞在することで、互いの大学の学生も参加し、研究交流が加速しました。巨大地震の発生メカニズムの解明について、それぞれのビジョンを持っていましたが、議論を重ねることにより、お互いの考え方を理解し、新しいアイデアが生まれています。日本とメキシコの地震データを解析し、ベンチマーキングをすることで、巨大地震の発生メカニズムを解明し、究極的には地震予知を可能にすることが目標です。研究成果は積極的に学術誌で発表していく予定です。

注釈

国際共同研究強化事業 | 神戸大学
吉岡教授はB型−国際共同研究育成型−に採択されています。

研究者