NEDOと神戸大学、石川県立大学は、計算機シミュレーションを用いて微生物の代謝経路と酵素を新しく設計することで、鎮痛薬などの医薬品原料として使用されているベンジルイソキノリンアルカロイド (BIA) の前駆体化合物テトラヒドロパパベロリン (THP) の生産性を2倍以上向上させることに成功しました。

本技術をさまざまなターゲット化合物に応用することで、既存の手法では生産が難しい有用物質の生産が可能となり、生物機能を活用して高機能な化学品や医薬品などを生産する次世代産業「スマートセルインダストリー」創出が期待されます。

本成果は、2019年5月1日、世界的に権威のある英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に公開されました。

概要

国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) は、植物や微生物の細胞が持つ物質生産能力を人工的に最大限引き出した「スマートセル」を構築し、既存の化学技術では生産が難しい有用物質の創製、または従来の生産手法の飛躍的な改善を実現することを目的に、スマートセル構築のための設計・製造基盤技術および特定の物質の生産における実用化技術の研究開発プロジェクト※1を推進しています。本プロジェクトで開発している基盤技術を中心に先端的なバイオテクノロジーと計算科学を組み合せることで、設計 (Design)、構築 (Build)、試験 (Test)、学習 (Learn) のワークフロー (DBTL) を展開し、医薬品を含むファインケミカルやバイオベース化学品、バイオ燃料などのさまざまな有用物質生産にバイオプロセスを取り入れ、ものづくりの加速を目指しています。

今般、NEDO、国立大学法人神戸大学、石川県公立大学法人石川県立大学は、計算機シミュレーションを用いて微生物の代謝経路と酵素を新しく設計することで、鎮痛薬などの医薬品原料として使用されているベンジルイソキノリンアルカロイド※2 (BIA) の前駆体化合物テトラヒドロパパベロリン (THP) の生産性を2倍以上向上させることに成功しました。本技術をさまざまなターゲット化合物に応用することで、既存の手法では生産が難しい有用物質の生産が可能となり、生物機能を活用して高機能な化学品や医薬品などを生産する次世代産業「スマートセルインダストリー」創出が期待されます。

今回の成果

図1 設計した新規の代謝経路

鎮痛薬などの医薬品原料として利用されているBIAは、従来は植物からの抽出によって生産されていますが、効率面やコスト面での課題がありました。近年、大腸菌での生産研究が報告されているものの、生産量が低く実用化に向けては生産性の向上が求められていました。これまでの研究から、BIAの前駆体化合物テトラヒドロパパベロリン (THP) を細胞内で生成させる酵素の活性が弱いことがわかっており、このボトルネックの解消が鍵となっていました。

高機能な有用物質を大量に生産させるスマートセルを構築するためには、生産量や収率を高める代謝経路を設計し、設計を具現化するための遺伝子を宿主微生物細胞※3に導入することが必要です。

そこで、NEDOと神戸大学、石川県立大学の共同チームは、京都大学の荒木教授が開発したバイオインフォマティクス (生命情報科学) 技術※4による代謝設計ツール「M-path」を用いて、従来のボトルネックとなる代謝経路をショートカットするとともにBIAの生産性向上に寄与する新規の代謝経路を設計しました (図1)。さらに、新規ショートカット経路を構成する酵素を自然界から探索し、構造シミュレーションを活用してアミノ酸配列を改変することで、新規経路だけでなく従来経路もバランスよく併せ持つ酵素の作出に成功しました (図2)。こうして設計した代謝経路と酵素に関連する遺伝子を大腸菌に導入して検証試験を行ったところ、菌内でも両方の代謝経路が効率よく機能し、BIA生合成の代謝中間体であるTHPの生産量を2倍以上増大させることに成功しました (図3) 。BIAにつながる前駆物質の生産性向上が実現したことにより、微生物発酵法によるBIA生産の実現可能性に一歩近づいたことになります。

図2 酵素中のアミノ酸改変
図3 検討結果 (THP生産量)
図4 BIAの高生産化を可能にしたワークフロー

また、生産菌のメタボローム解析※5を行った結果、生産性のさらなる向上につながる代謝ルールを発見しており、実用化への期待が高まりました。

本研究により、高機能な有用物質を大量に生産する微生物を迅速に開発するためには、先端的なバイオテクノロジーと計算科学を組み合せることが有効であることを実証しました (図4) 。今後は、こうしたDBTLサイクルを回すことで、医薬品、ファインケミカル、バイオベース化学品、バイオ燃料などを含めたさまざまな有用物質生産に対して、生産性を向上させることが可能になると考えられます。

今後の予定

NEDOと神戸大学、石川県立大学は、本研究成果を先行事例として、生物機能を活用して高機能な化学品や医薬品などを生産する次世代産業「スマートセルインダストリー」の実現を目指します。

注釈

※1 研究開発プロジェクト
事業名: 植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発
期間: 2016~2020年度
研究開発項目①「植物の生産性制御に係る共通基盤技術開発」
研究開発項目②「植物による高機能品生産技術開発」
研究開発項目③「高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発」
研究開発項目④「微生物による高機能品生産技術開発」
※2 ベンジルイソキノリンアルカロイド
植物由来の芳香族系化合物で、ベンジルイソキノリン骨格を持つアルカロイド。鎮痛薬などの医療用途で使われている化合物が多い。
※3 宿主微生物細胞
遺伝子が導入される微生物細胞。
※4 バイオインフォマティクス (生命情報科学) 技術
生体分子が持つ生命科学情報を情報科学や統計学などのアルゴリズムによって解析し、生物としての意味を解き明かしていく技術のこと。
※5 メタボローム解析
細胞に含まれる低分子化合物 (代謝物) の蓄積量を網羅的に測定すること。

論文情報

タイトル
Mechanism based tuning of insect 3,4-dehydroxyphenylacetaldehyde synthase for synthetic bioproduction of benzylisoquinoline alkaloids
(昆虫由来芳香族アルデヒドシンターゼの機構制御によるベンジルイソキノリンアルカロイドの高効率バイオ合成)
DOI
10.1038/s41467-019-09610-2
著者
Christopher J. Vavricka, Takanobu Yoshida, Yuki Kuriya, Shunsuke Takahashi, Teppei Ogawa, Fumie Ono, Kazuko Agari, Hiromasa Kiyota, Jianyong Li, Jun Ishii, Kenji Tsuge, Hiromichi Minami, Michihiro Araki*, Tomohisa Hasunuma*, Akihiko Kondo
*Corresponding author
掲載誌
Nature Communications オンライン版

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