神戸大学大学院医学研究科附属感染症センター臨床ウイルス学分野の森康子教授らの研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19※1)患者対応病院(兵庫県立加古川医療センター)における医療従事者の抗体検査を行い、対象者全員が新型コロナウイルスに対する抗体陰性であったことを明らかにしました。この調査結果は、適切な予防を行うことにより、患者から医療従事者へのウイルス感染を防ぎ得ることを示した所見であり、世界中の医療従事者を大いに勇気づけるものと考えられます。

この成果は2020年5月31日に科学雑誌「Clinical Infectious Diseases」に掲載されました。

ポイント

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こすSARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)は感染性が高く、世界中に広がっている。
  • COVID-19患者から医療スタッフへのウイルス感染の可能性が懸念されており、無症候感染した病院スタッフが働くことも、院内感染拡大の大きな原因となる可能性がある。
  • COVID-19患者対応病院の医療従事者509名の血清中における新型コロナウイルスに対する抗体検査を行ったところ対象者全員が抗体陰性であり、新型コロナウイルスへの感染歴がないことが明らかとなった。
  • この調査によって初めて、新型コロナウイルスに対する標準的な医療予防策の有用性が示された。

研究の背景

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は感染性が高く、世界中に広がっています。新型コロナウイルスは医療スタッフにも感染し、医療崩壊の原因となると考えられています。このため、COVID-19患者から医療スタッフへのウイルス感染の可能性が懸念されています。また、新型コロナウイルス感染者の一部は、症状を示さないことが知られています。このような症状を示さない感染者が、病院スタッフとして働くことも、院内感染拡大の大きな原因となる可能性があります。

兵庫県立加古川医療センター(353床)は、国の指定する「第1種感染症指定病院」※2であるとともに「新型コロナウイルス感染症拠点病院」として、兵庫県内全域の患者、特に人工呼吸器管理を要する重症患者に重点を置いて治療しています。

2020年3月11日よりCOVID-19患者の受け入れを開始しています。本研究では、加古川医療センターの医療従事者の抗体調査を行うことで、新型コロナウイルス感染状況を明らかにしました。

研究の内容

加古川医療センターでは、図に示すような人数のCOVID-19患者が入院していました。本研究ではセンター勤務の医療スタッフの感染既往を把握するために、合計509人(5月1日:165人、7日:157人、8日:187人)から血清を採取し、新型コロナウイルスに対するIgG抗体※3の検出を試みました。対象者の背景は表に示す通りで、男性88人・女性421人であり、平均年齢は39歳(18~66歳)でした。職種別内訳は、医師:77人、看護師:310人、薬剤師:1人、放射線技師:20人、臨床検査技師:19人、医療助手:82人です。また、ICU/HCU※4勤務者が115人、発熱外来勤務者が18人、COVID-19患者専用病棟勤務者が72人でした。COVID-19患者との接触から血清採取までの平均期間は23日でした。医療スタッフは感染症標準予防策を順守しており、病院でマスクを着用し、各業務の後にアルコールで手指消毒を行っていました。PCR検査の検体採取時やPCR陽性患者と接触する際には、完全な個人用防護具を着用していました。

図 県立加古川医療センターの入院患者数の推移
表 県立加古川医療センターの509人の医療従事者の背景

医療スタッフ全員の血清から、新型コロナウイルスに対するIgG抗体は検出されませんでした。つまり、患者に接触したにもかかわらず、医療スタッフ全員が新型コロナウイルスに感染したことがないと考えられます。

COVID-19の発症後14日以上の患者(兵庫県立加古川医療センターに入院中で、PCR検査で新型コロナウイルス遺伝子が陽性であった患者)からの血清を用いて同様の実験を行ったところ、100%(10人中10人)からIgG抗体が検出されました。すなわち、本試験の特異性は高いと考えられます。

今後の展開

世界では、医療スタッフの努力にもかかわらず、多くの患者がCOVID-19で死亡しています。残念ながら、新型コロナウイルスの院内感染により死亡した医療スタッフも少なくありません。加古川医療センターの医療スタッフは、COVID-19患者との接触を最長で53日間続けていますが、これまでのところ、院内感染が疑われる事例は報告されておらず、今回の結果は、加古川医療センターでの感染防護体制が十分であった事を意味しています。

この調査結果において特筆すべきことは、標準予防策を適切に順守することで、新型コロナウイルスへの感染を着実に防ぐことができることを示唆している点にあります。今回の調査によって初めて、新型コロナウイルスに対する標準的な予防策の有用性が示されました。

すべての医療スタッフは、新型コロナウイルスへの接触を恐れていると思います。今回の結果により、世界中の医療スタッフに対して、COVID-19に立ち向かう勇気を与え、鼓舞することができると信じています。

用語解説

※1 COVID-19
いわゆる新型コロナウイルス感染症。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされ、一般的には飛沫感染や接触感染で感染すると考えられています。閉鎖した空間で、近距離で多くの人と会話するなどの環境で、感染しやすいとされています。
※2 第1種感染症指定医療機関(病院)
エボラ出血熱・天然痘・ペスト・結核・重症急性呼吸器症候群(SARS)・中東呼吸器症候群(MERS)といった感染症に対応する医療機関で、全国に55か所あります。
※3 IgG抗体
病原体に対抗して体内で作られるタンパク質で、いわゆる“免疫”として、感染症から免れるために貢献します。一般的に、病原体に感染後しばらく経ってから作られ、ある程度の期間持続すると考えられています。このため、IgG抗体があれば、かつてその病原体に感染したことがあることを示唆します。
※4 ICU/HCU
集中治療室(Intensive Care Unit)及び高度治療室(High Care Unit)の略で、COVID-19感染症では人工呼吸器等を配備し、重症肺炎の症状を呈する患者を受け入れ、緊急的かつ集中的な治療を行うために活用されています。

謝辞

本研究は一部、兵庫県からの支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル
Diligent Medical Activities of a Publicly Designated Medical Institution for Infectious Diseases Pave the Way for Overcoming COVID-19: A Positive Message to People Working at the Cutting Edge
DOI
10.1093/cid/ciaa694
著者
Tatsuya Nagano1,*, Jun Arii2,*, Mitsuhiro Nishimura2,*, Naofumi Yoshida3, Keiji Iida4, Yoshihiro Nishimura1, Yasuko Mori2

1 神戸大学大学院医学研究科 内科学講座・呼吸器内科学分野
2 神戸大学大学院医学研究科 附属感染症センター・臨床ウイルス学分野
3 神戸大学大学院医学研究科 内科学講座・循環器内科学分野
4 兵庫県立加古川医療センター 糖尿病・内分泌内科
* These authors contributed equally to the work.
掲載誌
Clinical Infectious Diseases
Acknowledgement
We thank Kazuro Sugimura MD, PhD (Executive Vice President, Kobe University) for his full support to promote this study. Yukiya Kurahashi, Lidya Handayani Tjan, Zhenxiao Ren, Anna Lystia Poetranto, Salma Aktar, Jing Rin Huang, and Silvia Sutandhio (Division of Clinical Virology, Center for Infectious Diseases, Kobe University Graduate School of Medicine) supported the immunochromatographic test. We express our sincere gratitude for cooperation and participation of staffs of Hyogo Prefectural Kakogawa Medical Center.

関連リンク

研究者

SDGs

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