神戸大学大学院システム情報学研究科の米田成准教授と次世代光散乱イメージング科学研究センターの的場修教授は、スペインのジャウメ1世大学のEnrique Tajahuerce教授のグループと共同で一画素センサーを使用したホログラム動画の記録に成功しました。通常、画像を取得するには光センサーを二次元的に複数画素並べたイメージセンサーが必要です。しかし近年ではわずか一画素で画像を取得する「一画素カメラ」の研究が進められており、次世代の分光技術や散乱透視技術への応用が期待されています。一方で、従来の一画素カメラでは、観察対象が二次元物体に限られており、三次元物体を対象とする場合や、動的な対象への応用は困難でした。本研究では、高速に動作する空間光変調器を導入することで動的物体の観察を可能とし、圧縮センシングと組み合わせることで、一画素カメラにおいておよそ28fpsを実現できることを実証しました。また、この技術を散乱体の向こう側を可視化することができる散乱透視顕微鏡へ応用できることも確認しました。今後、低侵襲な生体深部三次元観察に応用されることが期待されます。

この研究成果は、5月15日に、米国光学会(Optica)が出版する科学論文雑誌「Optics Express」に掲載されました。

ポイント

  • 一画素カメラで三次元物体の動画記録が可能な技術を実現した。
  • 散乱体の向こう側で動く対象の顕微鏡観察を実現した。
  • 低侵襲な生体深部三次元観察に応用されることが期待される。

研究の背景

私たちが普段使用するカメラには、一辺が数㎛の光センサーが二次元的に配列されたイメージセンサーが内蔵されており、このセンサーに対してレンズによる結像を通して画像を取得しています。通常用途ではイメージセンサーで事足りますが、工場での製品検査や生物を観察する顕微鏡技術で使用が期待されている可視光以外の光では、イメージセンサーが可視光のものと比較して発達しておらず、需要がそれほど多くないためコストが高いという問題がありました。また、霧や生体のような光を散乱させる媒質(散乱体)の向こう側を見ることは、これまでの結像に基づくカメラでは困難でした。さらに、取得できる画像は二次元の分布に限定されており、三次元的な画像を取得するには限界がありました。

米田准教授と的場教授の研究グループは、散乱体の向こう側を可視化することを目的として、一画素の光センサーと空間光変調器※1による照明技術に基づいた一画素カメラの研究を進めてきました。これまでに、三次元画像をホログラムとして記録できるディジタルホログラフィ※2という波動光学に基づく方法を応用することで三次元観察を実現してきましたが、一枚のホログラムを記録するのにおよそ5分要しており、実応用には程遠く、三次元物体の動画観察は実現できていませんでした。

研究の内容

図 1 どれくらい速くなったかの例

このような背景のもと、スペインのジャウメ1世大学のEnrique Tajahuerce教授のグループと共同研究を行うことで、およそ0.8秒で一枚のホログラムを記録できるようになり、動画記録に成功しました。これはおよそ375倍もの高速化であり、例えるならば、人がゆっくり歩く速度(時速約0.8km)から、新幹線の速度(時速約300km)に変わったような感じです(図1)。

今回開発した一画素カメラの概念図は図2に示す通りです。22kHzで動作する空間光変調器に対してホログラムを記録するためのパターンを表示し、このパターンを観察対象に投影します。そして観察対象からの光をフォトダイオードのような一画素センサーで取得します。この操作を、空間光変調器に表示するパターンを切り替えて複数回行います。その後、一画素センサーで得られた信号を解析することで、三次元分布の復元が可能となります。

原理検証実験では、大学のロゴマークを印刷したものを物体として用い、これを移動ステージに乗せて等速で移動させることで、徐々に移動する大学のロゴマークをとらえることに成功しました(図3b)。さらに、大学のロゴマークと数字が印刷された物体を異なる奥行位置に配置し、三次元観察が可能かどうかも実証しました。また、この技術を散乱体の向こう側を可視化するための顕微鏡に応用し、マウスの頭蓋骨背後に存在する物体の可視化にも成功しています。加えて、圧縮センシング※3という技術を組み合わせることで、計測時間を短縮させ、最速で28Hzでの観察も可能であることを数値的に評価しました。

図2 本研究の概念図

 

図3 (a) 観察対象の写真 (b) 実験結果(上段:ホログラム、下段:再生像)

 

今後の展開

本研究は、散乱体の向こう側を移動する物体を可視化できることから、低侵襲な生体深部三次元観察に応用されることが期待されます。今後は、生体深部の細胞活動を、三次元的に動画として記録することを目指します。これを実現するためには、まだ画素数が足りず、画質も向上する必要があります。より高速で多階調な空間光変調器の発明されることで、この課題を克服できます。また、AIを導入する余地があり、これによる画素数、画質改善を目指します。

用語解説

※1空間光変調器:

一辺が数㎛の液晶あるいはミラーが配列された素子。パソコンやスマートフォンのようなディスプレイとして利用でき、任意の分布を表示することができる。ホログラフィに基づく三次元ディスプレイの研究にも使用されている。

※2ホログラフィ:

光の回折と干渉に基づいて、光波の振幅と位相を記録できる技術。位相も記録できるので、どのように光波が伝搬するか、という情報を記録再生でき、三次元物体の観察が実現できる。

※3圧縮センシング:

通常よりも少ない測定回数で元の情報を反復計算に基づいて復元する方法。

謝辞

本研究は、Generalitat Valenciana (CIPROM/2023/44); MCIN/AEI/10.13039/501100011033 (PID2022-142907OB- Q1 I00)、独立行政法人 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業:若手研究「ホログラフィック単一画素イメージングによる散乱体内部の三次元情報の可視化」(23K13680)、学術変革領域研究(A)「時空間光波シンセシスによる散乱透視基盤の構築」(20H05886)、公益財団法人 川西記念新明和教育財団 2023年度研究助成金「1画素だけのセンサーを使用したホログラフィックビデオカメラの実現」の支援を受けて行いました。

論文情報

タイトル

Single-pixel holographic video camera

DOI

10.1364/OE.560998

著者

Naru Yoneda, Erick Ipus, Luis Ordóñez, Lluís Martínez-León, Osamu Matoba, and Enrique Tajahuerce

掲載誌

Optics Express

研究者