ソルトバエワ・ジャミーリャさん

シルクロードの交易路として栄えてきた中央アジアの国、キルギス共和国。その駐日大使夫人として、日本との交流促進に奔走するソルトバエワ・ジャミーリャさんは、神戸大学に留学した経験を持つ。大使館のイベント企画や通訳で活躍し、今年開かれた大阪・関西万博でもキルギスの文化を広く紹介した。外交の現場を支える今、学生時代の経験や学びはどう役立っているのか。2025年10月の神戸大学留学生ホームカミングデイでの講演に合わせ、これまでの歩みや後輩たちに伝えたい思いを聞いた。

キルギス人と日本人は兄弟だった?

「キルギスと日本は共通点が多いんですよ」と笑顔で語る。人々の顔立ちがよく似ており、多くの人に出生時、蒙古斑があることも共通している。「キルギスの伝説では、兄弟のうち魚が好きだったほうが海のある日本へ、肉が好きだったほうが山のあるキルギスに行ったと言われています」。

そんな日本に関心を持ったのは、高校卒業間近の17歳のころだった。日本の乗用車や家電製品の質の高さはキルギスでも知られており、ビシュケク人文大学(現・ビシュケク国立大学)の国際関係学部に入学すると日本語、日本史を学び始めた。母から外交官という職業を勧められたことも後押しになった。

大学入学から3年後、留学の夢が実現した。日本の文部科学省が奨学金を支給する「日本語・日本文化研修留学生」に選ばれ、神戸大学へ。海外へ行くのも、飛行機に乗るのも初めてで、「自分の人生が大きく変わり始めた出来事だった」と振り返る。

母国で日本語を学んでいたとはいえ、来日当初は関西弁に戸惑った。「『なんでやねん』とか、『分からへん』の『へん』とか、どういう意味だろうと考えていました」と笑う。しかし、半年もすると関西弁にも慣れ、漫才の面白さが分かるようになった。「テレビで見てよく笑っていました。キルギスにも似たような形のコメディーがあって、大好きになりました」と話す。

多国籍の留学生と交流、視野が広がった

留学中は日本各地を訪れ、多様な地域文化に触れた。印象に残っているのは、沖縄への研修旅行。沖縄の「三線」はキルギスの伝統楽器「コムズ」と同じ3弦で、その音色に引き込まれ、あらためて両国の共通性も感じた。

1年間の滞在で日本文化への理解が深まっただけでなく、各国の留学生との交流を通して視野が大きく広がった。例えば、山岳国家のキルギスでは冬の寒さに慣れているが、ベトナムからの留学生が凍結した道を歩けず困っている様子を見て驚いた。そんな日常の一コマ一コマが新鮮で、未知の国々への理解につながった。

留学を終え、母国の大学を卒業した後は、大学で日本語や日本の歴史を教え始めた。同時に、JICA(国際協力機構)がキルギスで手掛けるインフラ整備の事業にも、通訳やアシスタントとして関わるようになった。そこで出会ったのが、夫のエルキンベク・オソエフさんだった。横浜国立大学に留学経験があるエンジニアで、その後、キルギス政府の運輸交通省の官僚に。2023年には駐日大使となり、妻のジャミーリャさんも3人の子どもとともに来日した。

「結婚後の2019年に一度、家族旅行で日本を訪れたとき、とても懐かしくて『もう一度住みたい』と強く思ったんです。そんな私の心の声が神様に届いて、再び日本に住めることになったのかもしれません」とほほ笑む。

自国と日本の文化をあらためて学ぶ日々

大使夫人として来日して約2年半。多忙な日々の中で、日本について新たに学ぶことが多いという。

「皇居で皇族の方々にごあいさつする機会をいただいたり、さまざまな国との外交の現場を見ることができたり、夢にも思わなかったような経験をしています。学生時代に関西を経験しているおかげで、関東と関西の文化を比較し、違いを楽しむことができるのもありがたいですね」

2023年11月には、キルギスの大統領夫妻の来日にも立ち会った。「母国の大統領を日本でお迎えできる機会はめったにありません。大統領夫人の通訳など貴重な経験もでき、大変な幸運でした」と当時の感動を語る。

今年開かれた大阪・関西万博でも、キルギスの文化紹介に奔走した。会場では、遊牧民の国らしい素朴な風合いのフェルト製品や人形の展示が好評を博した。万博のような大規模イベントに限らず、普段も大使館の催しとして伝統音楽のコンサートやキルギス料理の教室を開いている。地域の国際交流イベントにも積極的に参加している。

大阪・関西万博で展示されたフェルトの人形
キルギスに生息するユキヒョウのぬいぐるみも万博会場で展示された

「日本での活動は、自分自身がキルギスの文化や暮らしをあらためて見つめなおす機会になっています。それがまた楽しいですね」

両国をつなぐ役割は、母国に帰ってもライフワークとして取り組むという。「ビジネス面の交流促進はもちろん、教育のプロジェクトを企画したいという夢もあります。日本の教育の良い部分をキルギスに合う形で導入することができれば、と考えています」

留学生ホームカミングデイでは、久しぶりに神戸大学のキャンパスを歩き、懐かしい六甲の空気を楽しんだ。講演では日本で出会った人々への感謝を何度も口にし、後輩の留学生たちに笑顔でエールを送った。

「日本での学生生活を楽しみ、異文化理解のソフトスキルを養いましょう。そして、私たちが文化の架け橋になりましょう」

神戸大学留学生ホームカミングデイで留学経験などを語るソルトバエワ・ジャミーリャさん(右端)

略歴

Soltobaeva Djamilya(ソルトバエワ・ジャミーリャ) 1985年、キルギス共和国生まれ。2008年、ビシュケク人文大学(現・ビシュケク国立大学)国際関係学部卒。在学中の2005~06年、日本の文部科学省の奨学金を得て神戸大学に1年間留学。2014年、大統領府経営アカデミー(修士課程)修了。2008~21年、ビシュケク国立大学で日本語などを指導しながら、09年からはJICA(国際協力機構)のインフラ整備プロジェクトに通訳・アシスタントとしてかかわった。2023年、駐日キルギス共和国特命全権大使夫人として来日。1男2女の母。東京都在住。

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