神戸大学大学院システム情報学研究科の博士前期課程 𠮷村 佳奈子氏、米田 成 准教授、的場 修 教授の研究グループは、高輝度な量子もつれ光を生成できるBiBO結晶を用いた量子イメージングを実現し、量子イメージングの高効率化を実現しました。アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンのパラドックスを用いて空間的な量子もつれ状態※1であることを実験的に確認し、並列同時相関測定による光子対の同時検出により、高次元量子もつれ状態※2であることも検証しました。また、迷光の影響を低減可能な量子イメージングの一種である量子画像蒸留を通して、「シュレディンガーの猫」や「神はサイコロを振らない」など量子力学のテーマを用いてイメージングへの有用性が検証されました。

この研究成果は、6月13日に、米国物理学協会(AIP Publishing)が出版する科学論文雑誌『AIP Advances』に掲載されました。本論文は当初AIP AdvancesのEditor’s Pickに選定され、その後AIP PublishingのScilightに選出されたことに伴い、Featured Articleとして掲載されました。

「神はサイコロを振らない」はアインシュタインの有名な言葉。(a)は古典的なカメラ技術で観察した場合。(b) 量子もつれの性質を利用すると「does not」が消える!?一体なぜ? 

ポイント

  • 高輝度量子光源を用いて量子イメージングの高効率化を実現した。
  • 高輝度量子もつれ光子対の同時性を利用して、古典光と量子光を分離する量子画像蒸留の高効率化に成功した。
  • 迷光の影響を低減でき、耐ノイズ性の高いイメージング技術への貢献が期待される。

研究の背景

量子もつれは、離れた粒子同士が古典力学では説明できない強い相関を示す現象です。この不思議な相関は、かつてアインシュタインらが量子力学の完全性に疑問を投げかけるきっかけとなりました。現在では実験的に確認され、2022年には、もつれた光子を用いた実験と量子情報科学への貢献に対してノーベル物理学賞が授与されています。この量子もつれを利用したイメージング技術は、従来の方法と比較して分解能や感度を向上させることができ、古典的な限界を突破できるとして注目されています。

量子もつれ光は、レーザーからの一光子を非線形光学結晶※3に入射し、パラメトリック下方変換※4という過程を通して、双子の光子として生成されます。しかし、この生成効率が非常に低く、量子もつれ光を利用したイメージング技術には、測定に長時間を要するという課題がありました。また、BiBO結晶は、量子もつれ光の生成効率が比較的高く、高輝度な量子光源が必要な技術への応用が期待されていましたが、量子イメージング※5への応用は実現していませんでした。

研究の内容

このような背景のもと、本グループではBiBO結晶を用いた量子イメージングを実現することにしました。まず、BiBO結晶から量子もつれ光を生成し、その同時検出確率※6を空間的に評価します。量子もつれ光は図1のように、光子対の伝搬方向を示す運動量は負の相関、光子対の生成位置は正の相関があります。この相関性を、EMCCDカメラを用いた並列同時相関測定※7により評価し、運動量は負の相関、生成位置は正の相関があることを実験的に示しました。また、この相関ゆらぎの情報から、アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンのパラドックス※8で示される不確定性原理との関係を利用して、量子もつれ光が「位置と運動量でもつれた状態」であることを確認しました。さらに、この相関幅の情報から、生成された量子もつれ光が、「高次元でもつれた状態」であることも確認しています。

図 1 量子もつれ光子対の並列同時相関測定。運動量(左)と位置(右)の結果。©AIP Publishing (CC BY 4.0)  


BiBO結晶を用いた量子イメージングの実現可能性が確認できたので、実際に「量子画像蒸留※9」と呼ばれる方法で量子イメージングへの有用性を評価しました。「シュレディンガーの猫※10」をオマージュし、「生きた猫」と「死んだ猫」の穴が開いたプレートを用意します。どちらかの猫を古典光であるLEDで照明し、もう一方の猫を量子もつれ光で照明します。ハーフミラーで重ね合わせると、図2(a)のように、生きた猫と死んだ猫が重ねあわされた像が得られます。従来のカメラ技術では、どちらの猫が量子もつれ光で照明されたのかを見分けることができません。しかし、量子もつれ光の相関性を利用すると、これを分離できます。この状態で、量子もつれの同時性を評価すると、量子もつれ光で照明された位置でのみ、同時検出確率が増加し(図2b)、LEDで照明された部分は、光子がランダムに到達するので相関性がありません(図2c)。そのため、すべての位置で光子の同時性を評価し、それを積分すると、図2(d)のように、量子もつれ光で照明された「死んだ猫」だけが浮かび上がってきます。察しのいい方はお気づきの通り、記事の冒頭に示した「神はサイコロを振らない※11」の実験結果(b)は、「does not」だけがLEDで照明されているので、相関計算を行った結果、「does not」の文字が消えてしまったのです!

図2 量子画像蒸留の結果。 (a)古典的なカメラで取得した結果、(b)死んだ猫の頭の位置での相関結果、同時検出のピークが検出できている。(c)生きた猫の頭の位置での同時検出結果、ピークなし。(d)相関分布の積分結果、死んだ猫が浮かび上がり、量子もつれ光で照明されたのが死んだ猫だと判明!©AIP Publishing (CC BY 4.0) 

論文では、BiBO結晶を用いたことで高効率に量子もつれ光を発生させることができるので、従来まで使用されていたBBO結晶では観察できないくらいレーザーのエネルギーが低い場合でも図3のように量子画像蒸留が可能であることが示されています。

図3 従来まで使用されていたBBO結晶を用いた結果(左)と本提案のBiBO結晶を用いた結果(右)。©AIP Publishing (CC BY 4.0) 

今後の展開

本研究により、BiBO結晶から高効率に生成される量子もつれ光が量子イメージングへ有用であることを、量子画像蒸留の実験を通して示しました。論文では、「シュレディンガーの猫」や「神はサイコロを振らない」などの量子力学のテーマを用いた原理検証でしたが、LEDからの古典光を迷光ととらえると、不要な光の成分を除去できると考えられます。また、古典光と量子光を異なる情報を運ぶ媒体としてとらえると、混合した情報を、量子もつれの同時性を通して分離できるので、「量子」を新しい情報の次元として使用するというとらえ方もできます。そのため、「古典」と「量子」を融合した新しい情報フォトニクス技術の発展が期待されます。

今回は量子画像蒸留を通した高輝度光源の有用性実証でしたが、高輝度量子もつれ光を利用することで、超解像、高感度化、ホログラフィや多光子吸収顕微鏡などさまざまな量子イメージング技術の高効率化が期待されます。

用語解説

※1 量子もつれ状態
離れた場所にある複数の粒子が、まるで1つのシステムのように強く結びついた量子状態です。一方の粒子を測定すると、もう一方の状態にも深い関係が現れます。

※2 高次元量子もつれ状態
多数の状態にまたがってもつれた量子状態です。光子の場合、量子もつれ光の空間的な広がりを多数の画素やモードとして扱うことで、通常の2状態の量子ビットよりも多くの情報を含む量子相関を利用できます。大容量の量子通信や高精度な量子計測、量子イメージングへの応用が期待されています。

※3 非線形光学結晶
入射した光に対して、通常の物質とは異なる応答を示し、新しい波長の光を生み出すことができる結晶です。β-BaB2O4 (BBO)結晶やBiB3O6 (BiBO)結晶、疑似位相整合結晶などがあります。

※4 パラメトリック下方変換
非線形光学結晶に光を入射すると、1つの光子がエネルギーの低い2つの光子に分かれる現象です。量子もつれ光子対を作る代表的な方法です。

※5 量子イメージング
光の量子力学的な性質を利用して画像を取得する技術です。量子もつれや光子間の相関を用いることで、通常の画像計測では難しい低ノイズ・高感度な測定が期待されます。

※6 同時検出確率
2つ以上の光子が、別々の検出器で同じタイミングに検出される確率のことです。光子同士の関係性や量子もつれの有無を調べる指標になります。パラメトリック下方変換により生成される2つの光子(光子対)は同時検出確率が高くなります。

※7 並列同時相関測定
イメージセンサーを使用して、光子の同時検出確率を並列に測定する方法です。

※8 アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンのパラドックス
アインシュタイン・ポドルスキー・ローゼンのパラドックス、通称 EPRパラドックス は、1935年にアルベルト・アインシュタイン、ボリス・ポドルスキー、ネイサン・ローゼンが提起した、量子力学の本質に関する思考実験です。離れた2つの粒子の一方を測定するだけで、もう一方の位置や運動量を高い精度で推定できるという、量子力学特有の非直感的な性質を示すものです。この現象は、現在では量子もつれの代表的な例として理解されています。特に、2つの光子の位置と運動量に現れる強い相関を調べることで、EPRパラドックスに基づく量子相関を評価できます。したがって、EPRパラドックスは、位置と運動量のもつれを示す指標として用いられます。

※9 量子画像蒸留
測定画像の中から、量子相関に由来する画像成分を抽出する技術です。背景光やノイズを含むデータから量子的な情報だけを選び出すことができます。

※10 シュレディンガーの猫
シュレディンガーの、量子力学の「重ね合わせ」を日常的な物体に当てはめると、どれほど直感に反するかを示すための思考実験です。箱の中の猫が、観測されるまでは「生きている状態」と「死んでいる状態」の重ね合わせにある、というたとえで説明されます。量子の世界では、測定するまで状態が1つに定まらないという特徴を象徴する表現です。

※11 神はサイコロを振らない
アインシュタインが、量子力学における確率的な自然観に対して示した立場を象徴する言葉です。量子力学では、測定結果は確率的にしか予測できませんが、アインシュタインはその背後により決定論的な仕組みがあるのではないかと考えました。量子力学の不確定性や偶然性をめぐる議論を象徴する表現として知られています。

謝辞

本研究は、 日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業 挑戦的研究(萌芽)「強度輸送方程式に基づく低ノイズ量子3次元イメージング技術の創生」JP23K17749、学術変革領域研究(A)「散乱・揺らぎ場の包括的理解と透視の科学」JP20H05885、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「量子もつれ二光子吸収ホログラフィック顕微鏡の創生」JPMJPR25FAの支援を受けて行いました。

論文情報

タイトル

"Enhancing quantum imaging efficiency by BiBO crystal-based entangled light source"

DOI

10.1063/5.0314450

著者

Kanako Yoshimura、 Naru Yoneda、 Osamu Matoba

掲載誌

AIP Advances

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課

E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者