神戸大学内海域環境教育研究センターの奥田昇教授らのグループは、京都大学との共同研究により、水田の保全型農法に湿地生物の多様性を保全する効果が認められる一方、外来種アメリカザリガニの侵入・定着を助長することで生物多様性に負の影響を及ぼすことを明らかにしました。

山間地の谷津田(滋賀県甲賀市)では、伝統的に湿田(周年湛水された圃場)が営まれ、湿地生物に代替生息地を提供してきました。しかし、生産効率の向上と労働コストの軽減を目的とした農業の機械化を促進するために、圃場を乾田化する整備が進んだことによって、湿地環境が失われ、里山の生物多様性は減少の一途をたどっています[1]。そのような社会―生態学的背景の下、本研究の調査地では、10年前から谷津田の伝統農法である冬季湛水や水田内水路を復活させる活動に取り組み(図1)、当地で希少となっているニホンアカガエルの産卵数を増加させることに成功しました[2]図2)。

奥田教授らは、この保全活動が湿地生物の多様性に及ぼす効果を総合的に評価するために、集落内の圃場で保全型農法と慣行農法(乾田)の比較調査を行いました。冬季湛水は、水生動物の多様性に正の効果をもたらす反面、半水生動物や内在性動物の多様性に明瞭な効果を示しませんでした。保全活動の開始直後の2017年に実施した調査に比べて、その5年後の再調査でアメリカザリガニの個体群密度が顕著に増加していました。外来種であるアメリカザリガニは、水田内水路に多くみられ、中干時に水田が完全に干上がる慣行農法では個体数が減少する一方、保全型農法を営む水田では個体群密度が安定的に維持されていました。水草を切除し、田面を物理的に撹拌するアメリカザリガニの多い水田では、水草を利用する半水生動物や泥中の内在性動物の多様性が顕著に低下していました。谷津田の伝統的農法は、恒常的な湿地環境を創出することで湿地生物の多様性保全に貢献する一方、アメリカザリガニの温床となりやすく、湿地生物の多様性に間接的な負の影響を及ぼすことが明らかとなりました。

この研究成果は、8月18日に『陸水学雑誌』に掲載されました。 


1(左):甲賀市小佐治地区の谷津田の保全活動。
©奥田昇(
CC BY) 

2(右):ニホンアカガエル。
©淺野悟史(
CC BY) 

ポイント

  • 里地里山における近年の生物多様性損失の主要な駆動因として、農業生産効率を重視した圃場整備の影響が指摘されている。
  • 生物多様性地域戦略に基づいて、生物多様性に配慮した保全型農法が全国各地で普及しつつある。
  • 乾田化された圃場に湿地環境を創出する冬季湛水や水田内水路は、湿地生物の多様性保全に寄与する反面、外来種アメリカザリガニの侵入・定着を助長することによって生物多様性を低下させるリスクもある。
  • 世界中の湿地において侵略的外来種とみなされるアメリカザリガニは、生物多様性の低下や水質の悪化のみならず、農業や水産業の被害も深刻化しており、防除・駆除対策が急務となっている。

研究の背景

日本の里地里山は、世界的に生物の多様性や固有性が高いにもかかわらず、生物多様性の低下が著しいため、生物多様性ホットスポットとみなされています*1。日本の農地の半分以上を占める水田では、生産効率を重視した圃場整備が湿地生物の多様性損失の主要な駆動因と指摘されています。このような背景の下、生物多様性基本法に基づく生物多様性地域戦略*2が追い風となって、生物多様性に配慮した保全型農法が全国各地の水田で普及しつつあります。保全型農法が特定の生物種の保全に有効であることは数多く報告されているものの、生物群集全体にもたらす効果を評価した事例は多くありません。

これまで、奥田教授らは、地域と協働して保全活動の輪を広げることにより流域の健全性を向上する「流域ガバナンス」に従事してきました[3]。伝統農法に倣い、乾田化した圃場を冬季湛水したり、水田内水路を設置したりすることによって、希少な両生類の産卵数を増加させることに成功しました [2]。本研究では、2015年の保全活動の開始から7年が経過した2022年に再調査を実施し、保全型農法が湿地生物の多様性に及ぼす長期的な効果を総合的に評価することを試みました。

研究の内容

琵琶湖の最大流入河川である野洲川流域の中山間地に位置する甲賀市・小佐治地区の谷津田で乾田を営む慣行農法と乾田を冬季湛水したり、水田内水路を設置したりする保全型農法の両者で底生動物群集*3の比較調査を実施しました。

冬季湛水は、在来の水生動物の多様性に正の効果をもたらす反面、半水生動物や内在性動物の多様性には顕著な効果がみられませんでした。保全活動の開始直後の2017年に実施した調査と2022年に実施した今回の調査結果を比べたところ、外来種であるアメリカザリガニの個体群密度が顕著に増加していました*4。アメリカザリガニは、水田内水路の設置された圃場に多くみられ、中干時に水田が完全に干上がる慣行農法では減少する一方、保全型農法を営む水田では個体群密度が安定的に維持されていました。水草を切除し、田面を物理的に撹拌するアメリカザリガニの多い水田では、水草を利用する半水生動物や泥中の内在性動物の多様性が顕著に低下していました。谷津田の伝統的農法は、恒常的な湿地環境を創出することで湿地生物の多様性保全に貢献する一方、このような水田はアメリカザリガニの温床となりやすく、湿地生物の多様性に間接的な負の影響を及ぼすリスクがあることが明らかとなりました。

世界中の湿地において侵略的外来種とみなされるアメリカザリガニは、生態系エンジニアとして生物多様性の低下や水質の悪化をもたらすだけでなく、農業や水産業にも深刻な被害を及ぼします*5図3)。本研究は、生物多様性保全を目的とした水田の保全型農法を普及・促進する上でアメリカザリガニの防除や侵入・定着個体の駆除対策を講ずる必要性を示しています。

図3:保全型農法の導入後に水田で捕獲されたアメリカザリガニ。1筆当たり600匹以上のアメリカザリガニが生息する水田もある。©奥田昇(CC BY) 

今後の展開

水田に湿地環境を創出するビオトープや湿地生物の移動分散を促す生態回廊の再生・修復は、アメリがザリガニの侵入・定着を助長することによって生物多様性や生態系サービスに負の影響を及ぼすリスクがあるため、高効率・低コストでアメリカザリガニを防除・駆除する技術の開発を進めています。

用語解説

※1 生物多様性ホットスポット

世界的な生物の宝庫で、固有性が高いにもかかわらず、人間活動の影響で絶滅の危機に瀕している地域を「生物多様性ホットスポット」とよびます。国際NGOのコンサベーション・インターナショナルによると、日本列島全体が危険地域に指定されています。

※2 生物多様性地域戦略

生物多様性基本法に基づいて地方公共団体が策定する、生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な計画です。生物多様性基本法では、「都道府県及び市町村は、単独又は共同して(中略)生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する基本的な計画(生物多様性地域戦略)を定めるよう努めなければならない」と規定されています。

※3 底生動物群集

底生動物は、水底の表面で生活する表在性と底泥内で生活する内在性の生活様式に分類されます。さらに、生活史の全ての期間を水中で生活する水生動物と両生類や水生昆虫のように幼生期を水中で過ごし、成体になると陸上生活に移行する半水生動物に分類されます。

※4 アメリカザリガニ

侵略的外来種とみなされるアメリカザリガニは、世界各地の湿地に侵入し、在来生物の多様性を低下させたり、水草を切除・捕食することで水草群落を縮退させたり、底泥撹拌によって水質悪化をさせるなど生態系や生物多様性に負の影響をもたらすだけでなく、水田の稲株切除や巣穴掘削による田面水の漏水や畦畔の崩壊などの農業被害、魚介類の減少や病害微生物の媒介などの水産被害が深刻となっています。本邦では、侵略的外来種ワースト100に認定されるとともに、2023年には、環境省によって「条件付特定外来生物」に指定されました。

※5 生態系エンジニア

環境を物理的に改変することによって、他種の生息地や資源を創出または喪失させる生物を生態系エンジニアとよびます。生態系エンジニアは生物群集や生態系に大きな影響を及ぼすため、生態系エンジニア効果の高い外来種の侵入には、生物多様性の保全上、特に注意が必要です。

謝辞

本研究は、エスペック地球環境研究・技術基金の支援を受けて実施しました。

論文情報

タイトル

"保全型農業の二面性:生物多様性の保全効果と外来種侵入の影響"

著者

吉岡 裕生, 淺野 悟史, 奥田 昇

掲載誌

陸水学雑誌87巻1号(8月出版)

参考文献

[1]奥田昇(2024)人と自然の関りがつくりだす里地里山の生物多様性. In: 特集「人新世の生物多様性」(森林環境研究会編著), 森林環境 2024: 22-30, 公益財団法人・森林文化協会

[2]淺野悟史(2022)「地域の<環境ものさし>:生物多様性保全の新しいツール」地球研叢書, 京都, pp173

[3]脇田健一・谷内茂雄・奥田昇編(2020)「流域ガバナンス:地域の『しあわせ』と流域の『健全性』」京都大学学術出版会、京都、pp454

 

研究者