神戸大学先端膜工学研究センターのYuqing Lin特命准教授と松山秀人特命教授らは、多価イオンの透過を効果的に阻止しながら、1価イオンのみを迅速に透過させる新たな分離膜を開発しました。研究チームは、相互に連結した微細な水充填チャネルを設計することで、マグネシウムを多く含むかん水からのリチウムの効率的な濃縮と、海水からの塩の選択的な回収を実証しました。この成果は、持続可能な資源回収に新たな可能性を開くものです。

この研究成果は、10月9日に米国科学振興協会(AAAS)が発行する国際学術誌『Science Advances』に掲載されました。

多孔質ポリマーネットワークの分子構造の精密制御により創出された、1価イオンの移動を促進しつつ多価イオンの移動を制限する「相互連結型水充填チャネル」。 
Sun et al., Science Advances (2026) のFig. 1より改変。© The Authors, CC BY 4.0

ポイント

  • 迅速かつ選択的なイオン輸送を可能にする水充填チャネルが精密に制御された強固な三次元多孔質高分子膜を開発。
  • 陽イオンと陰イオンの両方において、1価イオンと多価イオンの高度な分離を実現。
  • 3段の電気透析でリチウムに対するマグネシウムの比率を約500分の1に低減し、純度99.5%の炭酸リチウムの取得に成功。

研究の背景

リチウムは充電式電池(二次電池)に不可欠な金属ですが、リチウムが多く含まれる塩湖のかん水(高濃度塩水)からリチウムを回収・製造することは依然として容易ではありません。かん水には通常、大量のマグネシウムやその他の溶解塩が含まれており、これがリチウムを選択的に抽出することを困難にし、コストを押し上げる要因となっています。同様の課題は、海水からの塩の分離回収でも生じています。

膜分離技術は、従来の化学処理に代わるエネルギー効率の高い手法です。しかし、既存の分離膜には根本的なトレードオフ(相反関係)が存在しています。イオンを高速で輸送できるようにチャネル(通り道)を大きくすると選択性が低下し、逆にイオンを識別できるほどチャネルを狭くすると、イオンの移動が著しく制限されてしまいます。さらに、従来のイオン交換膜は一般に、陽イオンか陰イオンのどちらか一方のみを分離するように設計されているため、両方のイオンを高度に分離することには限界がありました。

研究の内容

本研究グループは、従来のイオン交換膜における透過性と選択性のトレードオフ、及び対象イオンの電荷(陽・陰)による制約という限界を克服するため、トレーガー塩基(Tröger’s base)※1を用いた多孔質有機ポリマー(porous organic polymer; POP)※2をベースとした革新的な分離膜を開発しました。

本分離膜は、2つのビルディングブロックを剛直な三次元架橋ネットワークへ結合させることで、ナノスケール(約0.5〜0.7ナノメートル)の細孔径と細孔結合性を精密に制御しています。さらに、膜構造内に正に帯電した官能基を導入することで、膜全体の構造安定性を維持しながら、膜内部に連続的な水充填経路(水和チャネル)を形成させることに成功しました。

本技術の最大の特徴は、単に膜の細孔を物理的に縮小させるのではなく、ポリマー構造内における水分子の組織化とネットワーク接続性を能動的に制御した点にあります。これにより、多価イオンに対しては強固な移動障壁を維持しつつ、1価イオンのみを高速かつ選択的に透過させる経路を構築できました。

実験と分子シミュレーションによる解析の結果、この優れたイオン分離能は、ナノスケールの閉じ込め効果、部分的な脱水和、及び静電相互作用の相乗効果に起因していることが明らかになりました。1価イオンは水和状態を保ったままチャネル内を比較的容易に移動できるのに対し、多価イオンはチャネルへの進入時及び透過時に極めて高い移動障壁があるため透過が厳しく制限されます。

さらに本分離膜は、リチウムやマグネシウムなどの陽イオンだけでなく、塩化物イオンや硫酸イオンなどの陰イオンにおいても、1価・多価イオンを精密に分離することを確認しました。陽・陰両イオンで高度な分離能を示す本分離膜の性能は、どちらかの電荷のみを分離対象とする従来のイオン交換膜とは一線を画するものです。

実用可能性を検証するため、マグネシウムを高濃度に含むかん水を対象とした3段の電気透析プロセスで本分離膜を試験しました。その結果、かん水中のマグネシウム/リチウム比を約40から0.08へと、約500分の1にまで低減することに成功しました。このリチウム濃縮液から、最終的に純度99.5%の結晶性炭酸リチウムを回収することができました。また、海水精製においても、99.4%の純度の塩化ナトリウムが得られました。これらの結果は、特定のイオンペアに限定されることなく、この膜が多様な資源回収や水処理に適応できることを示しています。

今後の展開

今後は、より大規模な分離システムに適用し、実際の操業条件下における長期的な分離性能及び安定性の評価を進める予定です。

今後、膜製造のスケールアップ、耐久性の向上、及び実プロセスへの応用性をさらに検討することで、リチウム回収や製塩のエネルギー消費量と化学薬品使用量の削減が可能となると期待されます。本研究グループは、これらの課題解決を進め、本分離膜技術の早期の社会実装を目指します。

用語解説

※1 トレーガー塩基(Tröger's base):剛直なV字型骨格と安定なキラリティーを有する含窒素複素環化合物であり、分子認識材料の基本骨格として広く研究されている。

※2 多孔質有機ポリマー(porous organic polymer; POP):有機骨格が共有結合によって三次元的に連結された高い比表面積を持つ多孔性材料であり、ガス吸着・分離材、触媒担体、分子認識材料などとして用いられる。

謝辞

この研究は、神戸大学の研究者を中心に、華東理工大学と南京工業大学(中国)、漢陽大学(韓国)との共同研究として実施されました。また、本研究は日本学術振興会(JSPS KAKENHI JP25K23530)、上海市科学技術国際協力プロジェクト(22520710800)、中国博士研究員科学基金(2025M781178)、新疆生産建設兵団(XPCC)科学技術計画(2025AA005)、韓国国家科学技術研究会(NST)(25081-300)、及び韓国国立研究財団(NRF)(RS-2025-02309471)の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル

"Hydration channel engineering in Tröger’s base-POP membranes for mono/multivalent cation and anion discrimination"

DOI

10.1126/sciadv.aef9368

著者

Sun, H., Gan, N., Wu, B., et al.

掲載誌

Science Advances, 12, eaef9368 (2026)

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

 

研究者