神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授と枝和男准教授らの研究グループは、AGC株式会社 (以下、AGC) と協力して開発したフッ素化カーボネートが、医薬品中間体などの合成において特異的に高い反応性 (化学反応を促進する性質) を持ち、取り扱いが容易で、環境負荷の小さな化学品合成原料となることを実証しました。有機化合物にフッ素を組み込むと、水や油をはじく、熱・光・薬品などに強くなる、化学反応を変化させるなどの性質が現れます。神戸大学が開発した光オン・デマンド合成法によって、これまで合成が困難であったフッ素化カーボネートを安全・安価・簡単・大量に合成できるようになりました。また、独自の学術的なアプローチでそれらを研究することによって、秘められたいくつかの新たな性質を明らかにできました。現行カーボネート類のハイエンド化合物として、アカデミアおよび産業界での利用が期待されます。

フッ素化カーボネートの光オン・デマンド製造法に関して、米国 (2021年11月) と日本 (2022年4月) で特許を取得しました。そして、2022年8月18日に本研究成果に関する学術論文がThe Journal of Organic Chemistryにweb掲載されました。

ポイント

  • フッ素化カーボネートを用いると、安全・簡単・短時間・高収率・低エネルギー・少廃棄物で、カルバメートや尿素誘導体などの医薬品中間体を合成できた。
  • 汎用のジフェニルカーボネート (世界生産量 約500万トン/年) と比較して、フッ素化カーボネートは、より反応性が高く、生成物の精製 (反応処理) が容易など、多くの優位性を持つことが明らかになった。
  • フッ素化合物は水や油と混ざりにくい性質を持ち、沸点が低いため、生成物の精製 (反応処理) は乾燥させるだけでよく、副生成物が残留しにくい。
  • フッ素化カーボネートは、光オン・デマンド合成法で、汎用有機溶媒のクロロホルムとフッ素化アルコールから大量合成することができる。
  • フッ素化カーボネートの合成、およびそれを用いる化学品合成は、低エネルギー・低環境負荷の新たな化学反応として、カーボンニュートラルおよびSDGsに大きく貢献する科学技術となることが期待される。

研究の背景

図1. カーボネートの合成方法

(a) 従来法,(b) 光・オンデマンド合成法

現在、医薬品中間体やポリマーの原料としてホスゲンという化合物がよく用いられています。世界のホスゲン市場は年数%の規模で増加を続けており、年間800~900万トン生産されています。しかし、ホスゲンは極めて高い毒性を持つため、安全性の理由から、それを代替することができる化合物の研究開発が行われてきました。ホスゲンよりも毒性の弱い化合物であるジフェニルカーボネートによっていくつかの化学反応が代替されていますが、反応性が低いため、わずかな例に限られています。そのような理由から、代替可能な化学反応を増やすために、高反応性カーボネートの開発が求められてきました。しかし、それらのカーボネート化合物も、一般に、ホスゲンとアルコールから合成されるため、その開発はほとんど進んでいませんでした。

しかし最近、津田准教授らの研究グループは、汎用有機溶媒のクロロホルムにアルコールおよび有機塩基を溶解させた溶液に光を照射するだけで、カーボネートが高効率で合成できることを世界で初めて発見しました。この発見によって、これまで危険なホスゲンを用いなければならないために避けられてきた様々な化学品合成を行うことができるようになりました。研究グループはこれを「光オン・デマンド有機合成法」と命名し、既存の有用化合物および新規の機能性化合物を次々と生み出してきました (Patents of Tsuda Laboratory)。このような神戸大発のオリジナリティーの高い化学反応を、産学官で協力して発展させ、実用化に向けた研究を行っています。神戸大学とAGCは、JST A-STEPシーズ育成タイプによる支援を受け、この合成法のさらなる応用研究、ならびに機能性ポリウレタンの開発を行ってきました。

有機フッ素化合物は、一般に特異な性質 (水や油をはじく、熱に強い、薬品に強い、光を吸収しないなど) を持ち、撥水剤、表面処理剤、乳化剤、消火剤、コーティング剤などに用いられています。また、フッ素原子は電子を引きつける力が強いため、有機フッ素化合物は独特な化学反応を引き起こすことも知られています。本研究グループは、フッ素化合物およびクロロホルムの製造企業であるAGCと連携して、光オン・デマンド合成法の産業利用を企て、またそれを用いる新たな機能性材料の開発に取り組んできました。

研究の内容

本研究では、光オン・デマンド合成法を用いて合成した高反応性フッ素化カーボネートの反応性を、アルコール (OHを持つ化合物) やアミン (NH2を持つ化合物) との反応速度や生成物の収量、およびフッ素化カーボネートの赤外分光スペクトル解析などから評価することに成功しました (図2, 表1)。

図2. フッ素化カーボネートとアルコールもしくはアミンとの化学反応

カーボネート化合物は、毒性の高いホスゲン (表1の1) を用いる化学反応のいくつかを代替することに用いられています。実際に、芳香族置換基を持つジフェニルカーボネート (7) が、ポリカーボネート合成に用いられています。しかし、アルキル鎖を持つジエチルカーボネート (8) は、それよりも反応性に劣るため、一般にそのような用途で用いることはできません。しかし、興味深いことに、フッ素化カーボネート (2, 3, 4, 5) は、それらと比較してより高い反応性もしくは同等の反応性を持つことが明らかになりました。中でも、より多くのフッ素原子を持つアルキルカーボネート (3) および芳香族カーボネート (2) において劇的な反応性の増大が確認されました。副生するフッ素化アルコールは有機生成物との親和性が弱く、沸点も低いため、乾燥させるだけで容易に生成物から除去することができます。たとえ、それが残留しても、ホスゲンを用いる合成で副生する塩化水素よりも毒性や腐食性は遥かに低く、また有機フッ素化合物特有の性質が現れるため、より高機能・高品質の化学品を得ることができます。本研究における系統的な調査で明らかになったフッ素化カーボネートの反応性と副生成物を参照し、加えてそれらの購入もしくは合成コストなどを見積もり、ユーザーが目的とする化合物や製品の合成に適したカーボネート原料の選択が可能になりました。

表1. カーボネート化合物の反応性 (A高~F低) とコスト (A低~G高) の評価および副生成物

a エタノールもしくはブチルアミンとの反応からの相対的評価
b クロロホルムを原料とする光オン・デマンド合成法による、実験室レベルでの合成コスト

今後の展開

ホスゲン法 (1) で製造されるポリマーや医薬品中間体は、製品に残留する塩化水素 (HCl) が腐食や分解を引き起こす原因となるため、産業利用ではその除去が課題となります。フッ素化カーボネートは高い反応性を持つことから、ホスゲン代替物質としてより多くの化学品合成を可能にすることが期待され、また、HClを副生しないため、エレクトロニクス関連分野などへの利用が期待されます。

光オン・デマンド合成法を用いるフッ素化カーボネートの合成、およびそれを用いる化学品合成は、新たな機能性材料の開発を促し、低エネルギー・低環境負荷の新たな化学反応として、また、カーボンニュートラルおよびSDGsに貢献する科学技術として大きな発展を遂げることが期待されます。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構 (JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP) 産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能・高付加価値ポリウレタン材料の開発」 (企業名:AGC株式会社, 研究代表:津田 明彦) による支援を受けて実施しました。

特許情報

発明の名称

フッ素化カーボネート誘導体の製造方法

国内出願

特願2017-097682 [出願日2017年5月16日]

国際出願

PCT/JP2018/017349 [出願日2018年4月27日]

公開

WO2018/211953 A1 [公開日2018年11月22日]

特許登録

米国 (11167259,登録日:2021年11月9日)・日本 (特許第7054096, 登録日:2022年4月5日)

発明者

津田 明彦

出願人

神戸大学・AGC株式会社

論文情報

タイトル

Reactivity and Product Selectivity of Fluoroalkyl Carbonates in Substitution Reactions with Primary Alcohols and Amines

DOI

10.1021/acs.joc.2c01180

著者

初村秀仁 (Shuto Hatsumura),1,§ 橋本優香 (Yuka Hashimoto),1,§ 細川流石 (Sasuga Hosokawa),1 永尾彰浩 (Akihiro Nagao),1 枝和男 (Kazuo Eda),1 原田啓史 (Hirofumi Harada),2 石塚圭 (Kei Ishitsuka),2 岡添隆 (Takashi Okazoe),3 津田明彦 (Akihiko Tsuda)*,1

* Corresponding author, § Equal contribution
1. 神戸大学大学院理学研究科
2. AGC株式会社 先端基盤研究所
3. AGC株式会社 材料融合研究所

掲載誌

The Journal of Organic Chemistry

研究者

SDGs

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