神戸大学大学院理学研究科の林祥介 教授、樫村博基 講師らの研究チームは、慶應義塾大学、奈良女子大学、東北大学、京都産業大学と共同で、金星の大気の流れをシミュレーションする大気大循環モデル「AFES-Venus」※1を、地球シミュレータ※2を用いて世界最高解像度で走らせ、小規模な波の自発的な励起を再現しました。

金星は厚い雲層によって全体を覆われており、大気内部の運動についてはほとんどわかっていません。また、大気大循環モデルを用いた金星大気運動の数値シミュレーションが試みられていますが、天気予報で行われているような高解像度のシミュレーションはこれまでありませんでした。今回の研究では、金星大気全体を20kmの水平刻み幅で計算することで、惑星規模の波からの小規模な波が自発的に励起されることを見出し、そのメカニズムを明らかにしました。今後は、本研究で再現された小規模な波やその励起過程の金星探査機「あかつき」※3による観測が期待されるとともに、励起された波の働きを詳しく調べることで、金星に吹く風の謎の解明が大きく進むと期待されます。

本研究の成果は、2021年6月17日 (英国時間) に英国ネイチャー・パブリッシング・グループ (NPG) 発刊の国際学術雑誌 Nature Communications のオンライン版で公開されました。

ポイント

  • スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を駆使して、世界最高解像度で金星大気大循環モデルのシミュレーションを実現しました。
  • 惑星規模の熱潮汐波※4から、小規模な大気重力波※5が自発的に励起されることを示し、そのメカニズムを解明しました。
  • 地球大気中で見られるジェット気流や低気圧からの大気重力波の自発的な励起※6は、金星大気中ではより大規模な惑星規模の熱潮汐波から生じることを示しました。
  • 今後、金星探査機「あかつき」によって、この新たな現象の観測が期待されます。また、波の働きを調べることで金星気象学が革新的に進むと期待されます。

研究の背景

金星は地球の姉妹星と称されます。太陽系内で大きさと重力がもっとも地球に似た惑星のためです。しかし、金星の風や気温は地球とは大きく異なっています。金星は自転が遅く、243日で一周しますが、上空では大気全体が自転を追い越す高速回転をしています。高度70kmでは自転速度の60倍 (時速約360 km) にも達し、「大気スーパーローテーション (超回転)」と呼ばれています。また、気温は地表付近で摂氏460度にも達します。

高温のため、大気に突入する観測はたいへん困難です。また、金星全体は高度45~70kmにある硫酸の厚い雲に覆われているので、地上望遠鏡や金星を周回する探査機からの観測も限られています。このため、地球や火星に比べて、金星大気に関する理解は遅れていました。けれども、金星の気象の解明は、地球の気象の特殊性や普遍性についての理解を深めるための重要な一歩なのです。

日本の金星探査機「あかつき」は、2015年12月に金星周回軌道に到着し、様々な観測を実施しています。紫外線や赤外線を用いた画像から、これまで知られていなかった金星特有の気象が明らかになりつつあります。

気象の研究には、数値シミュレーションも重要です。大気の状態を記述する物理法則 (方程式) をコンピュータで計算し、風や気温の状態や変化を調べることができます。地球では、日々の天気予報や地球温暖化の予測などに活用されています。観測が少ない金星では、数値シミュレーションによる研究が重要ですが、観測が少ないと再現性の確認も難しくなります。また、金星大気の細かな構造を表現するには、高性能なスーパーコンピュータの利用も必要です。

本研究グループでは、あかつきが観測を始める前から、金星大気の数値シミュレーションを行う、金星大気大循環モデル「AFES-Venus」の開発を進めてきました。海洋研究開発機構のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を利用し、金星大気の小規模な現象を再現できます。その結果、現実的なスーパーローテーションを再現 1)、維持 2) し、これまでの観測で発見されてきた周極低温域 3) や雲の巨大な筋状構造 4) を再現、その生成メカニズムを解明し、さらに金星大気データ同化システムの開発 5) に着手しその有効性を示す、世界初となる様々な研究成果を挙げてきました。

研究の内容

本研究では、AFES-Venusによる世界最高解像度の金星大気の数値シミュレーションを実施しました。金星大気を3次元の網目に区切る間隔は、最高で水平方向に20km毎、上下方向に250m毎で、約4.8億点の格子点の上で、大気の状態や変化を調べることができます。

その結果、現実的なスーパーローテーション (東西風) の中に、小規模な大気重力波 (水平波長~250km程度) が自発的に励起されていることが見つかりました (図1a)。大気重力波が中緯度 (緯度30-60度付近) で励起されていることは、これらの緯度帯にジェット気流や低気圧が存在する点で、地球で生じるジェットの出口での自発的な励起 6, 7) と共通性があります。一方で、低緯度にはこのような励起源は存在しません。赤道での断面を見ると、大規模な惑星規模の熱潮汐波の構造に伴って、大気重力波が自発的に励起されていることがわかりました (図1b)。

図1:鉛直速度 (カラー) とジオポテンシャル高度の擾乱 (等値線) のスナップショット

(a) 高度70kmでの経度緯度断面図
(b) 赤道での経度高度断面図
等値線で示す惑星規模の熱潮汐波による温位面の歪みから、カラーで示す細かい大気重力波が自発的に励起されている。暖色が上昇流、寒色が下降流を表す。
(Nature Communications誌掲載論文の図を一部修正。CC BY 4.0)

熱潮汐波による大気重力波の自発的な励起メカニズムを図2に示します。熱潮汐波は、赤道域ではスーパーローテーション中に加速・減速 (ジェットの出口) 領域を二つずつ持っていますが、ここでは簡単に説明するため、片方の領域だけを示します。1つ目のメカニズムは、熱潮汐波の加速・減速による自発的な励起です (図2a)。熱潮汐波による加速と減速は、ジェット気流の入口と出口に対応します。ジェット気流の中心では、大気は圧縮されるため、鉛直運動が生じます。これが波源となって、自発的に大気重力波が励起されます。2つ目のメカニズムは、熱潮汐波がもたらす温位面の歪みによる自発的な励起です (図2b)。ジェット気流付近では、ベルヌーイ効果※7 により歪んだ温位面※8 が山 (あるいは谷) のように振る舞います。この面に沿った流れによって鉛直流が生じます。この鉛直流が波源となって、自発的に大気重力波が励起されます。

図2:大気重力波の励起メカニズム

(a) 熱潮汐波によって形成された加速・減速領域によって大気が圧縮され、鉛直運動から大気重力波が励起されます。
(b) 熱潮汐波によって温位面が山 (もしくは谷) のように歪み、山岳波のように鉛直流から大気重力波が励起されます。

図3の等値線はジェットの加速・減速を示しています。また、図1の等値線は温位面の歪みに対応します。これらの領域で、大気重力波が自発的に励起されていることが確認できます。

最後に、これらの大気重力波がもたらす運動量の輸送 (図3a) とスーパーローテーション (東西風) の加速・減速 (図3b) を明らかにしました。これまで、熱潮汐波による加速・減速がスーパーローテーションの形成や維持に重要であることが示唆されてきました。一方で、今回発見された小規模な大気重力波は、その励起領域で熱潮汐波の加速・減速を半分程度打ち消す働きを持っていることがわかりました。また、上方に伝播し、そこでも同程度の加速・減速をもたらすことがわかりました。このことは、これまで考えられてこなかった小規模の大気重力波が、金星大気中でスーパーローテーションの形成や維持に大きな働きをもたらすことを強く示唆しています。

図3: (a) 鉛直運動量フラックス (カラー) と (b) 東西風の加速 (カラー)、東西風速の擾乱 (等値線) の合成図

(a) 高度70kmでの経度緯度断面図、(b) 赤道での経度高度断面図。等値線で示す惑星規模の熱潮汐波の加速・減速領域 (ジェットの出口) から、カラーで示す細かい大気重力波が自発的に励起され、熱潮汐波による加速・減速を打ち消す働きをするとともに、鉛直運動量を輸送し、上空での加速・減速をもたらしている。太陽直下点を中心に移動させて、時間平均を行った図です。
(Nature Communications誌掲載論文の図を一部修正。CC BY 4.0)

今後の展開

本研究では、金星大気を世界最高解像度で数値シミュレーションすることで、地球大気で生じるジェットの出口からの自発的な大気重力波の励起が、金星大気でも生じていることを示しただけなく、金星では熱潮汐波という惑星規模の波動から大気重力波の自発的励起が生じることを初めて示し、そのメカニズムの解明を行いました。AFES-Venusは過去に観測された金星大気の様々な現象を再現している点でも、今回シミュレートされた現象が実際の金星で発生している可能性が高いと考えられます。

今後は、本研究で新たに発見された小規模な大気重力波やその励起過程が、金星探査機「あかつき」によって観測されることが期待されます。あかつきの紫外線画像では、今回の研究で大気重力波が励起されている、雲層上端の高度70km付近を観測することができます。金星に近づくタイミングでは、高分解能の画像が取得できるため、小規模な波の構造を捉えられる可能性があります。また、励起された波の働きをモデルや観測でさらに詳しく調べること、特にデータ同化の手法を活用することで、金星に吹く風の謎の解明が大きく進むと期待されます。

これまでの金星気象学は、観測データもシミュレーションも時間、空間分解能が低く、小規模で時間変動の大きな現象の理解は進んでいませんでした。本研究は、AFES-Venusの高解像度シミュレーションを用いることで、金星気象学を、細かく速い現象への議論が可能な、新たな段階に引き上げたと言えます。今後も、あかつきとの連携によって、地球の姉妹星でありながら、分厚い硫酸雲のベールに包まれた、金星気象の謎が解き明かされることが期待されます。

用語解説

※1 大気大循環モデル「AFES-Venus」
金星大気全体の数値シミュレーションを実施するための計算プログラム。地球大気シミュレーション用プログラム「AFES (Atmospheric GCM For the Earth Simulator)」を、金星大気用に改修したものである。大気大循環モデルでは、コンピュータプログラムにより、流体力学や熱力学の方程式を基に、大気の流れや温度・湿度の変化を計算する。大気大循環モデルを用いて数日から経年スケールの大気現象をシミュレートし、メカニズムや予測可能性が調査できる。AFESやAFES-Venusは地球シミュレータの性能を最大限活用できるように最適化されており、地球シミュレータ上で動かすことで、世界最高レベルの高解像度シミュレーションを実現できる。
※2 地球シミュレータ
海洋研究開発機構に設置されたスーパーコンピュータシステム。ベクトル型の大型計算機としては世界最高レベルの性能を誇る。2002年に初代地球シミュレータの運用が開始されて以降、システムが3度更新され、現在は4世代目の運用が開始された。
※3 あかつき
日本の金星探査機。金星大気の謎を解明するために開発され、日本の惑星探査機として初めて地球以外の惑星を回る軌道に入ることに成功した。2010年5月21日に打ち上げられたが、2010年12月7日に金星の周回軌道投入に失敗し、金星に近い軌道で太陽を周回した。2015年12月7日に金星周回軌道への投入を再び試み、成功した。観測波長の異なる5台のカメラと電波掩蔽観測用の超高安定発振器を搭載し、金星の大気を立体的に観測している。
※4 熱潮汐波
太陽が加熱する領域が移動することによって大気中に励起される惑星規模の波。地球にも昼間熱せられ、夜冷却されることにより、一日および半日周期の潮汐波が励起される。金星にも熱潮汐波が存在することが観測からわかっている。地球の海では、潮の満ち引きに関わる潮汐が存在するが、これは月の引力によって生み出されるもので、別物である。
※5 大気重力波
浮力を復元力とする小規模 (波長数十~数百 km) な波。山岳を波源とする地形性と、ジェット、前線、対流などを波源とする非地形性に分けられる。地球では、重力波を含む大気波動は、鉛直上方に運動量を輸送し、中層大気の大循環を駆動する働きを担っている。
※6 自発的放射
非地形性重力波の放射過程の一つ。総観規模 (数千 km) の流れ自体から、その時間発展とともに重力波が放射される。大気 (波の媒質) 自体が波源となるため、物理的理解が難しい。
※7 ベルヌーイ効果
流体の流れが速い程、その場所の圧力が低下する。ジェットの中心など流れが速い部分では、温位面上の圧力が低下して、面の間隔が狭くなる。
※8 温位面
温位の一定面。温位とは、空気塊を断熱的に地表面 (地球では1000 hPa 面) まで移動させた時の温度のこと。近似的な保存量である。

謝辞

本研究は地球シミュレータ利用課題「AFESを用いた地球型惑星の大気大循環シミュレーション」及び「AFESを用いた金星・火星大気の高解像度大循環シミュレーション」の一環として実施しました。また、日本学術振興会科学研究費助成事業19H01971, 19H05605, 20K04062, 20K04064の助成をうけて実施されました。AFES-Venusの高解像度計算には、海洋研究開発機構の地球シミュレータを使用しました。

論文情報

タイトル
Generation of gravity waves from thermal tides in the Venus atmosphere
DOI
10.1038/s41467-021-24002-1
著者
N. Sugimoto, Y. Fujisawa, H. Kashimura, K. Noguchi, T. Kuroda, M. Takagi, and Y.-Y. Hayashi
掲載誌
Nature Communications

関連リンク

研究者