神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授らの研究グループは、AGC株式会社(以下、AGC)と協力して、光で酸化したクロロホルムを使って、スポンジ、クッション、断熱材、繊維などに使用されるポリウレタンやその原料となるイソシアネート、および尿素誘導体の合成に成功しました。

本研究成果は2018年11月に特許出願し、2019年11月に国際出願、 2020年5月の特許公開を経て、2022年2月1日に、関連の学術論文がACS Omegaにweb掲載されました。

ポイント

  • 汎用有機溶媒のクロロホルムを原料として、ポリウレタンやその原料となるイソシアネート、そして尿素誘導体を合成できる。
  • 現在、ポリウレタンの原料となるイソシアネートは、毒性が高く危険なホスゲン(COCl2)を用いて製造されている。本合成法では、必要な時、必要な量だけ、ホスゲンを溶媒のクロロホルム中に光で任意に発生させて、それを溶液から出さずにそのまま次の合成に用いることができるため、安全性が高い。
  • 高価で特殊な装置や薬品が不要であり、安全で簡単にオン・サイト、オン・デマンド合成が可能となった。
  • 汎用のポリウレタンに加え、ポリマー主鎖にフッ素原子を組み込んだ機能性フッ素化ポリウレタンの合成に成功。これらは撥水性、耐候性、耐摩耗性、摩擦特性、摺動性、非粘着性、非誘電特性などの高い材料としての利用、更なる性能・機能の向上が期待される。

研究の背景

クロロホルムは高い化学的安定性、揮発性を持ち、多くの有機化合物を溶解させることができる汎用の有機溶媒であり、世界中で大量に生産・消費されています。クロロホルムが分解すると、その分解物には人体に極めて有害なホスゲン、一酸化炭素、塩素、塩化水素などが含まれていることが知られています。これらは有害ではあるものの、例えばホスゲンはポリカーボネートやポリウレタンなどの合成樹脂の原料となるため、非常に有用な化学物質です。しかし、クロロホルムを効率良く分解する方法は確立されておらず、含まれるこれらを実用的な有機合成に利用した例はこれまでありませんでした。

津田准教授らの研究グループは、これまでの研究で、クロロホルムに紫外光を照射すると、酸素と反応して、ホスゲンが高効率で生成することを世界で初めて発見しました。そしてそれをさらに安全かつ簡単に用いるために、クロロホルムにホスゲンと反応させるための反応基質や触媒をあらかじめ溶解させておき、光でホスゲンを発生させると、即座にそれらが反応して生成物が得られる手法を発見しました。この方法では、あたかもホスゲンを使用していないかのように、ホスゲンを用いる有機合成を実施することができます。研究グループはこれを「光オン・デマンド有機合成法」と命名し、これまでに数多くの有用な有機化学薬品やポリマーの合成に成功してきました(http://www2.kobe-u.ac.jp/~akihiko/List.html)。例えば、クロロホルムとアルコールの混合溶液(必要に応じて塩基も混合)に紫外光を照射するだけで、安全・安価・簡単にクロロギ酸エステルとカーボネートを合成することに成功しています。

このような日本発のオリジナリティーの高い化学反応を、神戸大とAGCで協力して発展させ、実用化に向けた研究を行ってきました。また、JST A-STEPによる支援を受け、この合成法のさらなる応用研究、ならびに機能性ポリウレタンへの開発を行っています。

この光オン・デマンド有機合成法については、津田准教授らの研究グループがその特許(第5900920号、第6057449号)を有しています。

研究の内容

本研究グループは、フッ素化学品およびその原料としてのクロロホルムの製造企業であるAGCとの産学共同研究に取り組み、クロロホルムを原料として、ポリウレタンやその原料となるイソシアネート、および尿素誘導体の合成に成功しました(図1)。

図1. クロロホルムを原料とする尿素誘導体、イソシアネート、ポリウレタンの合成

具体的には、(1) アミンと触媒を溶解させたクロロホルム溶液に紫外光を照射するだけで、それらが化学反応を引き起こし、簡単かつ高収率で尿素誘導体を合成できることを発見しました。一方、(2) あらかじめクロロホルム溶媒のみを低温で光酸化して、クロロホルムのホスゲン溶液を調製し、そこにアミンと触媒を添加すると、イソシアネートが高収率で合成できることを確認しました。

ヘキシルイソシアネート、フェニルイソシアネート、3-(トリアルキルシリル)プロピルイソシアネートや、ポリウレタンの原料として大規模に工業生産されているトルエンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、ナフタレンジイソシアネート(NDI)、パラフェニレンジイソシアネート(PPDI)、ヘキサメチレンジイソシアナート(HDI)、ペンタメチレンジイソシアナート(PDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、ノルボルネンジイソシアネート(NBDI)、キシリレンジイソシアネート(XDI)、水添キシリレンジイソシアネート(H6XDI)などの合成に適用できることを確認しました(図2)。さらに、それらにアルコールを添加することによってワンポットで(容器を変えずに)相当するポリウレタンを合成できることを確認しました。

図2. 合成したイソシアネート

さらに、この新たな方法を応用して、フッ素化ポリウレタンの合成に成功しました(図3)。フッ素原子を主鎖に組み込んだ機能性ポリウレタンは、高い撥水性、耐候性、防汚性、および低誘電性などの性質を持つ機能性プラスチック材料などとしての利用が期待されています。

図3. 含フッ素ポリウレタン

更に詳細な手順は次のとおりです。

[尿素誘導体の合成] アミンと有機塩基を含むクロロホルム溶液に、酸素バブリングしながら、20〜40℃の反応温度で低圧水銀ランプから紫外光を照射して尿素誘導体を合成しました。

[イソシアネートとウレタンの合成] クロロホルム溶媒に、酸素バブリングしながら、0 ℃で低圧水銀から紫外光を照射してクロロホルムを光酸化して、その溶液にアミンと有機塩基を順次注入する 2 段階のプロセスを経て、イソシアネートを高収率で合成できました。つづいて、そのサンプル溶液にアルコールを添加することによってウレタンを合成できました。

本反応のメカニズムは、クロロホルム溶媒の光酸化によってホスゲンなどの高反応性物質が溶液中に生成し、(1)アミンと塩基が共存すれば、発生したホスゲンは二分子のアミンとin situ(その場)で即座に反応して尿素を与え、一方、(2) それらを後から添加する場合は、ホスゲンは一分子のアミンと反応してイソシアネートを与えたと考えられます。そのイソシアネートにアルコールを添加すると、付加反応が生じて、ウレタンを形成したと考えられます。実験室レベルでの合成実験は数グラムから数十グラムスケールで実施しており、反応は数時間で完結し、収率も高く、安全であり、低コストであるため、アカデミアから化学産業まで幅広い分野での利用が可能と考えられます。

今後の展開

光オン・デマンド有機合成法は、ホスゲンを用いるイソシアネート合成法に新たなイノベーションをもたらすことが期待されます。また、これまで毒性の高い試薬を用いなければならなかったために躊躇されてきた、特殊なイソシアネートや機能性ポリウレタンなどの合成を可能にします。これによって、フッ素原子だけでなく、様々な元素や機能性官能基を、カーバメート化合物やポリウレタンへ自在に導入でき、医薬品やポリマー材料の分子レベルでの高性能・高機能化が達成され、より独創性および新規性の高い高付加価値製品の開発に結びつくことが予想されます。また、大量生産を目的とする製造だけでなく、小中規模で多品種の生産を必要とする化学薬品製造メーカーにも、大きな恩恵があると予想されます。

本研究成果は、これまでの有機合成および有機工業化学に革新的イノベーションを引き起こし、産学官の連携によってさらに大きな発展を遂げることが期待されます。

謝辞

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能・高付加価値ポリウレタン材料の開発」(企業名:AGC株式会社, 研究代表:津田 明彦)による支援を受けています。

論文情報

タイトル
Photo-on-Demand Phosgenation Reactions with Chloroform for Selective Syntheses of N-Substituted Ureas and Isocyanates
DOI:10.1021/acsomega.1c07132
著者
Ryo Muranaka, Yue Liu, Itsuumi Okada, Takashi Okazoe, and Akihiko Tsuda*
* Corresponding author
掲載誌
ACS Omega

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