クッション、繊維、断熱材、塗料などに使用されるポリウレタンのほとんどは毒性の高いイソシアネート化合物を原料として生産されています。神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授の研究グループは、AGC株式会社 (以下、AGC) と協力して、共同開発したフッ素化カーボネートを原料として、イソシアネートを使わない新しいポリウレタン合成法の開発に成功しました。(1) 神戸大が開発した光オン・デマンド有機合成法でフッ素化カーボネートを合成し、(2) それを汎用もしくは特殊アルコール (ジオール) と反応させてポリウレタン前駆体 (ビスカーボネート) を合成し、(3) 最後にそれを汎用アミン (ジアミン) と反応させることによって、ポリウレタンを合成することができました。この新たな方法は、市販品およびオリジナル品、さらにはプレポリマーなど、幅広いラインナップのポリウレタン合成に用いることができます。着色がほとんどなく、酸などの不純物を含まず、規則正しいポリマー構造を持ち、分子量制御が可能であるなど、高品質なポリウレタンを合成できます。

 

本研究成果は2020年5月に特許出願し、2021年5月の国際出願、2021年11月の特許公開を経て、2023年7月21日に、関連する学術論文が日本化学会の Bull. Chem. Soc. Jpn. にweb掲載されました。また、同論文がBCSJ賞 (その号における最も優秀な論文) を受賞しました。

ポイント

  • イソシアネート (毒性が高い原料) を "使わない" 新しいポリウレタン合成法。
  • 溶媒や触媒も "使わない" エコなポリウレタン合成を達成。
  • 神戸大とAGCが共同開発したフッ素化カーボネートを使って、従来のポリウレタン原料から、安全・安価・簡単・低環境負荷で、種々のポリウレタンを合成。
  • 12種の汎用ポリウレタンと、1種の (特殊) フッ素化ポリウレタンの合成に成功し、この合成法の有用性と汎用性が示された。
  • これまでに報告されている非イソシアネート法よりも低い温度で重合反応が進行するため、無着色で透明度が高く、高強度、高弾性 (規則的な構造を持ち分子量が大きい) の、高品質ポリウレタンが得られる。
  • 唯一の副生成物であるフッ素化アルコールは、回収して、光オン・デマンド有機合成法でフッ素化カーボネートに再変換することができる。
  • 持続可能な社会の実現に向けて、現行イソシアネート法のいくつかを代替することができる、新たな実用的合成方法。
  • JST A-STEP シーズ育成タイプ (2018–2021年実施) の支援を受けた、神戸大とAGCの産学共同研究の成果。

研究の背景

ポリウレタンは、高い弾性、耐摩耗性、耐久性などの性質を持ち、クッション、繊維、断熱材、塗料、接着剤や自動車部品などに使われています。ポリウレタンは、私達の社会を支えるとても重要なポリマー材料であり、2022年におけるその世界市場規模は750億米ドルと見積もられています (2023 Grand View Research, Inc. 調べ)。そのほとんどは現在、ジイソシアネートとジオールの反応によって合成されています[図1, 反応(a)]。しかし、イソシアネート化合物は高い毒性を持つことが古くから知られており、健康や環境被害への懸念から、最近ではEUを中心にジイソシアネートの規制強化が進んでいます。持続可能な社会の実現に向けて、近年、イソシアネート化合物を使わない新しいポリウレタン合成法の研究が活発に行われています。しかし、それら方法のほとんどは汎用性が低く、環境負荷が大きく、得られるポリウレタンの品質が低い、コストが高いなど、多くの問題を持つため実用化には至っていません。

図1. ポリウレタンの合成方法

そのような背景において、津田准教授とAGCは、JST A-STEPシーズ育成タイプによる支援を受けて、両者の強みを取り入れた新しいポリウレタン合成法の共同開発を行ってきました。「光オン・デマンド有機合成法」を擁する津田准教授の研究グループと、フッ素化合物やポリウレタン原料の製造企業であるAGCが産学連携して、新しいポリウレタン合成法や機能性材料の開発を基礎として、新しい学問分野と産業分野の創造に取り組んできました。

研究の内容

フッ素化アルコールとクロロホルムから光オン・デマンド合成法で合成したフッ素化カーボネートとジオールの縮合反応により、様々なフッ素化ビスカーボネート (BFBC) を合成しました[図2]。生成したBFBCは、得られたサンプル溶液を減圧下で乾燥させるだけで精製することができ、簡単な操作で目的物を定量的に得ることができました。

図2. フッ素化ビスカーボネート (BFBC) の合成

得られたBFBCとジアミンの重縮合反応により、平均分子量10000を越える非イソシアネートポリウレタン (NIPU) を合成することができました。無溶媒で合成したNIPUは120 ℃以上の加熱でわずかに黄色く着色しましたが、100 ℃以下ではそのような着色は見られませんでした。一方、溶媒を用いれば、より低い温度での重合が可能となり、高分子量の無着色NIPUが高収率で得られました。BFBCとジアミンをハードセグメントとソフトセグメントとして適切に組み合わせることで、高い弾力性を持つ無色透明のポリウレタンフィルムを形成させることができました [図3, 反応(1)および(2)]。さらに、無色透明のオイル状の新規フッ素化ポリウレタンの合成にも成功しました [図3, 反応(3)]。

本反応は、これまでに報告されているNIPUの合成法と比較して、汎用なものから特殊なものまで、多種多様なポリウレタンを合成できる以下の利点を持ちます。

  • (1) イソシアネート法によるポリウレタンの工業生産に用いられる一般的なジオールやジアミン、もしくはオリジナルに合成したそれらを用いて、NIPUを任意に合成することができる。
  • (2) 合成時に有機塩基や金属触媒、溶媒を使用しない本合成法によって、それらを全く含まない、より高品質なNIPUを得ることができる。
  • (3) 平均分子量や末端官能基は、BFBCとジアミンの混合比により制御可能である。この方法で調製した分子量10000程度のNIPUは、より大きなポリマーやネットワークポリマーを合成するためのプレポリマーとして利用できる。
  • (4) 試薬、溶媒、除去されたフルオロアルキルアルコールは原理的に回収することが可能であり、上記NIPU合成に再利用することができる。
図3. 本研究における非イソシアネートポリウレタン(NIPU)の合成例

今後の展開

イソシアネートを用いる現行のポリウレタン合成法はコスト面での優位性を持ちます。一方、ここで新たに開発したフッ素化カーボネートとフッ素化ビスカーボネートを用いる非イソシアネートポリウレタン (NIPU) 合成法は、持続可能な社会の実現に向けて、現行法のいくつかを代替することができる可能性を持ち、さらに、現行法では合成することができない機能性ポリウレタンを創ることができる新たな実用的合成方法であることが示されました。実用化に向けて、アカデミアおよび産業の両視点から、現在さらなる研究開発に取り組んでいます。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構 (JST) 研究成果最適展開支援プログラム (A-STEP) 産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能・高付加価値ポリウレタン材料の開発」(企業名:AGC株式会社, プロジェクト代表:岡添隆,研究代表:津田明彦) による支援を受けて実施しました。

特許情報

発明の名称

ポリウレタンの製造方法

国内出願

特願2020-83148 [出願日2020年5月11日]

国際出願

PCT/JP2021/17511 [出願日2021年5月7日]

公開

WO 2021/230151 A1 [公開日2021年11月18日]

発明者

津田 明彦, 岡添 隆, 和田 浩志, 田中 英明, 砂山 佳孝, 柿内 俊文

出願人

神戸大学・AGC株式会社

論文情報

タイトル

Non-Isocyanate Polyurethane Synthesis by Polycondensation of Alkylene and Arylene Bis(fluoroalkyl) Bis(carbonate)s with Diamines

DOI

10.1246/bcsj.20230066

著者

細川流石 (Sasuga Hosokawa),1,§ 永尾彰浩 (Akihiro Nagao),1,§ 橋本優香 (Yuka Hashimoto),1,§ 松根絢子 (Ayako Matsune),1岡添隆 (Takashi Okazoe)*,2 鈴木千登士(Chitoshi Suzuki),2 和田浩志(Hiroshi Wada),2 柿内俊文 (Toshifumi Kakiuchi),2津田明彦 (Akihiko Tsuda)*,1

* Corresponding author, § Equal contribution
1. 神戸大学大学院理学研究科
2. AGC株式会社

掲載誌

Bulletin of the Chemical Society of Japan

研究者

SDGs

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