外見異常から病気を発見するには専門医に匹敵する診断能力が必要ですが、実際にはそのような疾患は診断までに数年の歳月を要します。ここにAIの医療応用によるブレークスルーが期待されていますが、未だ社会実装に至っていません。神戸大学大学院医学研究科の小川渉特命教授、大町侑香大学院生、西尾瑞穂特命准教授、福岡秀規講師らの研究グループは、外見異常認識には、プライバシーへの慎重な配慮が必要であることに着想し、指紋や手相が見えない形での「手の画像」から疾患を拾い上げるAIモデルの開発に成功しました。その足がかりとして、外見異常を呈する代表的疾患である先端巨大症を人工知能(AI)が専門医を超える診断精度で鑑別しました。これは、日本全国15の専門医療機関による共同研究で企画され、先端巨大症患者317人と対照群399人、あわせて716人から約1万1千枚の手の画像を採集して行われました。
顔や指紋を写さない、プライバシーに配慮した設計のため、健康診断や人間ドック、ひいてはスマートフォンアプリなど、一般の人がアクセスしやすい形での疾患スクリーニングとして、病気の早期発見、専門医への適切な紹介、そして早期治療に繋がることが期待されます。
本研究成果は、2026年2月27日に全米内分泌学会術誌『The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism』にてオンライン公開されました。

ポイント
- 顔や指紋を写さない手の甲と握りこぶしの写真から、高精度に指定難病「先端巨大症」を検出する世界初のAIモデルを開発。
- 日本全国15専門医療機関の共同研究により約1万枚を超える手画像を採集し、経験豊富な内分泌専門医を上回る診断成績(感度89%・特異度91%)を達成。
- 膠原病、がん、貧血などを「手の異常から発見するAIモデル」への社会実装を目指し、健康診断や人間ドックなどでの活用に向けて国内外へ展開予定。
研究の背景
先端巨大症は、顔や手足など体の先端部分がゆっくりと肥大する有名な難病で、その原因は主に脳の下垂体腫瘍から成長ホルモンが過剰に分泌されることにあることが知られています(図1)。未治療の状況が続くと、糖尿病や高血圧、睡眠時無呼吸症候群などさまざまな合併症を引き起こし、心血管疾患、がんなどにより、寿命が10年短くなることが知られています。
日本では厚生労働省の指定難病(難病番号77)に含まれ、医療費助成を受けることができる指定難病に認定されている一方で、病気の進行がゆっくりであることが多いため「本人も家族も気づきにくい」という大きな課題があります。
しかし、一旦分泌された成長ホルモンは全身に作用し、頭痛、月経異常、関節の変形、咬合不全、糖尿病、脂質異常症、高血圧症、睡眠時無呼吸症候群、がん、心不全などさまざまな症状や合併症を引き起こすため、整形外科、歯科、婦人科、循環器内科、呼吸器内科、一般内科など、患者さんが受診する診療科は多岐にわたっています。また、有病率は4-24人/10万人と、希少疾患であることから、診断まで10年以上かかることも珍しくありません。その間に、様々な症状による生活の質(QoL)低下を呈し、発見が遅れると治療後も不可逆な変化として改善しないものも少なくありません。

近年、顔写真や画像から病気を見つけるAIの研究が世界的に開発され、先端巨大症についても「顔写真から診断を支援するAI」がいくつかの国から報告されました。しかし、いずれも社会実装には至っておらず、その一つの理由に顔画像は本人確認に直結するためプライバシーの懸念が非常に大きく、日常的なスクリーニングに使うにはハードルが高いという問題があげられます。
神戸大学の研究グループは、本症患者さんの約9割に認められるとされている「手」の変化に着目し、握り拳時にも爪が手のひらで覆い隠せない徴候「fist sign(フィストサイン)」に着目しました。「手なら顔よりも個人を特定しにくく、しかも先端巨大症のサインがはっきり出る」という発想から、研究グループは手の甲と握り拳の写真を用いて、先端巨大症を検出するAIの開発に取り組みました。これまでに拳骨や手の甲の外見異常から疾患を拾い上げるAIモデルは報告がなく、このコンセプトは、手に異常をきたす疾患を拾い上げるための、全く新しい疾患スクリーニングツールとして位置づけられます。
研究の内容
18歳以上の成人患者を対象に、各専門施設で「先端巨大症」と診断された方、および「先端巨大症ではない」と判断された対照群の方を登録しました。最終的に先端巨大症317人、対照群399人、合計716人の参加が得られ、それぞれから手の甲(指を伸ばした状態)、握り拳の状態(親指を外側に出す)の2種類の画像を撮影しました(図2)。その結果、合計11,480枚の手画像からなる、本症においてこれまでに類を見ない大規模データセットが構築されました。

🄫The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism(2026)(DOI: 10.1210/clinem/dgag027)(CC BY-NC)
画像解析には、画像認識分野で広く用いられている深層学習モデル(注1)「ResNet-50」を基盤とし、先端巨大症かどうかを判断するための改良を施した研究者らによる独自モデルとして開発しました。AIの診断性能は感度(病気の人を見逃さない割合):89%、特異度(病気でない人を誤って陽性としない割合):91%、ROC-AUC(総合的な識別性能):0.96という結果で、内分泌専門医と同等もしくはそれを上回る結果の達成に成功しました(図3)。

🄫The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism(2026)(DOI: 10.1210/clinem/dgag027)(CC BY-NC)
今後の展開
この「プライバシーに配慮したスクリーニング技術」は、今後さまざまな場面での社会実装が期待されます。
1. 健康診断・人間ドックでのスクリーニング
企業健診や自治体の健康診断の場で、採血や問診に加えて「手の写真を数枚撮るだけ」で手の形態異常を呈する疾患の疑いを拾い上げることできれば、無症状あるいは軽症の段階で患者さんを早期に専門医への受診へ繋げることが可能になります。例えば先端巨大症は早期治療により寿命や合併症リスクを大きく改善できるため、その後の人生におけるQoL低下を防ぐとともに高額な薬物の長期的使用を避けることができ、高騰する医療費を削減できるという面でも大きな意義があります。
2. 一般診療・地域医療での活用
一般診療や地域医療において非専門医を受診した際にも、「何か違和感のある手の形態」から、実際にどの専門医を受診すべきか、あるいは経過観察してもよいものか、などの判断が、簡便なAIチェックを導入することで可能になり、地域におけるより効率的な紹介体制づくりの促進効果が期待できます。
地方の中小病院や診療所でも導入しやすいツールとして、医療格差の低減にも貢献しうると考えられます。
3. スマートフォンアプリ・自宅からの自己チェック
将来的には、患者さん自身が自宅などで、自身のスマートフォンやタブレットで撮影した手の写真をもとに、「受診の必要性あり」といった簡易アラートを出すアプリケーションの開発を視野に入れています。これにより、「なんとなく手に違和感がある」「指輪が入りにくくなった」という不安から、必要に応じた適切な医療機関受診へのきっかけを提供できます。
4. 他の「手の異常を呈する疾患」への応用
本研究で得られた知見をもとに、先端巨大症に加え、手の形や爪の異常を認める他の主要な疾患や希少疾患に対しても、同時並行で診断モデルの導入を進めていきます。具体的には、メジャー疾患として関節リウマチ、肺がん、変形性関節症、貧血を、希少疾患としてクッシング症候群(注2)、強皮症(注3)を含めることを検討しています。
今後、研究グループでは、膠原病リウマチ科、健診センター、人間ドックとの共同研究によりデータの拡充や多疾患対応モデルの開発を進めていく予定です。「手に異常が出る病気」を見逃さない社会インフラとしての実装整備を目指してまいります。
用語解説
注1. 深層学習(ディープラーニング)
大量のデータからパターンを自動的に学習するAIの仕組みの一つ。人間の脳の神経回路を模した「ニューラルネットワーク」を何層にも重ねることで、画像や音声などの複雑な情報から特徴を見つけ出すことが得意。
注2. クッシング症候群
副腎から分泌されるコルチゾールというステロイドホルモンが過剰に分泌される病気。満月様顔貌(まんまるな顔)、極度な中心性肥満、皮膚が薄くなりあざが増える、糖尿病や高血圧、骨粗鬆症など、全身に影響が出る。皮膚が薄くなる、指や爪の色が濃くなるなどの特徴的変化がある。重症例では致命的な状態になる場合もあるため、原因に応じた治療が必要である。
注3. 強皮症
皮膚が硬く厚くなっていく自己免疫性の膠原病で、「全身性強皮症」とも呼ばれる。手指や顔から皮膚がつっぱって動かしにくくなり、冷えたときに指先の色が白〜紫〜赤と変わるレイノー現象がよく見られる。肺や消化管、腎臓など内臓の線維化(硬くなること)を伴う場合もあり、重い合併症につながることがある。
謝辞
本研究は、兵庫県科学技術振興助成金の支援を受けて実施しました。
論文情報
タイトル
“Automatic Acromegaly Detection Using Deep Learning on Hand Images: A Multicenter Observational Study”
DOI
10.1210/clinem/dgag027
著者
Yuka Ohmachi, Mizuho Nishio, Ichiro Abe, Kunihisa Kobayashi, Tomoko Iida, Manabu Shirakawa, Yuichi Nagata, Kazuhito Takeuchi, Akira Taguchi, Yasuyuki Kinoshita, Noriaki Fukuhara, Hiroshi Nishioka, Shigeyuki Tahara, Shingo Fujio, Takafumi Ogura, Masamichi Kurosaki, Yurika Hada, Shinji Susa, Yuki Otsuka, Fumio Otsuka, Ikuhiro Ishida, Hiraku Kameda, Kenichi Oyama, Shozo Yamada, Masaki Kobatake, Yuka Oi-Yo, Genki Fujii, Seiji Tomofuji, Yuriko Sasaki, Hironori Bando, Masaaki Yamamoto, Genzo Iguchi, Yuma Motomura, Yasutaka Tsujimoto, Naoki Yamamoto, Masaki Suzuki, Shin Urai, Michiko Takahashi, Takamichi Murakami, Wataru Ogawa, Hidenori Fukuoka
掲載誌
The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism


