神戸大学大学院医学研究科(当時)の島扶美教授らの研究グループは、同理学研究科の田村厚夫准教授、同医学系研究科の青井貴之教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの小山裕雄ユニットリーダー、同研究所生命医科学研究センターの本間光貴チームディレクター、高輝度光科学研究センター(当時)の熊坂崇主席研究員らのグループとの共同研究により、がんの増殖に関わるRASシグナルを新たな仕組みで阻害する低分子化合物を開発しました。

多くのがんでは、RASタンパク質の異常により細胞増殖のシグナルが出続けます。今回開発した化合物は、RASそのものではなく、RASから情報を受け取るRAFタンパク質のRAS結合部位とは異なる部位に結合します。これによってRAFの構造が変化し、その影響がRASとの結合面に伝わることで、RASとRAFの結合が妨げられます。この「アロステリック作用」により、RASシグナルをいわば「遠隔操作」で遮断する新たな仕組みを明らかにしました。

本化合物は、KRAS、NRAS、HRASなどさまざまなRAS変異をもつがんに加え、既存のBRAF阻害薬に耐性を示す悪性黒色腫に対しても抗腫瘍効果を示しました。今後、幅広いRAS関連がんや薬剤耐性がんに対する新たな治療薬開発につながることが期待されます。

本研究成果は2026年8月27日に『Nature Communications』に掲載されました。

アロステリック阻害剤によるRAS–RAF相互作用阻害機構の模式図(研究グループ作成) 

ポイント

「RAFの形を変えて、がんの増殖シグナルを止める」

RAFに結合した化合物がRAFの構造変化を誘導し、RASとの結合を阻害することで、がんの増殖を抑制する作用機序の模式図 
  • 約250万種類の化合物を、コンピュータを活用したアクティブラーニングで効率よく探索し、新規RASシグナル阻害化合物「Kobe3708」を発見
  • RASを直接標的とせず、RAFタンパク質の構造を変化させてRASとの結合を阻害する、新たな作用機序を解明
  • KRAS、NRAS、HRASなど多様なRAS変異をもつがんに加え、BRAF阻害薬に耐性を示す悪性黒色腫でも抗腫瘍効果を確認

研究の背景

RASは、細胞の増殖などを調節する重要なタンパク質です。RASに異常が起こると、細胞増殖のシグナルが過剰に伝わり続け、がんの発生や進行につながります。実際に、膵がん、大腸がん、肺がんをはじめ、さまざまながんでRASの異常が見つかっています。

近年、特定のRAS変異を直接標的とする分子標的薬が実用化され、長年困難とされてきたRASを標的とする創薬は大きく進展しました。一方で、こうした治療薬が適用できるRAS変異は限られており、治療を続けるうちに薬が効きにくくなる「薬剤耐性」も課題となっています。そのため、さまざまなRAS変異に対応できる新たな治療戦略が求められています。

そこで本研究グループは、RASそのものを直接狙うのではなく、RASから増殖シグナルを受け取って下流へ伝える「RAF」というタンパク質に着目しました。

研究の内容

研究グループは、化合物の構造や性質、既存の実験データを学習しながら有望な候補を絞り込むアクティブラーニングを活用し、約250万種類の化合物から候補化合物を探索しました。その結果、新規RASシグナル阻害化合物「Kobe3708」を発見しました。

構造解析の結果、Kobe3708はRASが結合する部位ではなく、そこから離れた部位でRAFに結合することがわかりました。この結合によりRAFの構造が変化し、その影響がRASとの結合面に伝わることで、RASとRAFの結合が阻害され、がん細胞の増殖シグナルが遮断されます。

これは、タンパク質同士の結合面を直接ふさぐ従来の考え方とは異なり、離れた部位への結合によってタンパク質の構造を変化させ、タンパク質同士の結合を阻害する「アロステリック作用」を利用した新しい創薬コンセプトです。

さらに、Kobe3708をもとに改良したRK440およびRK447では、KRAS、NRAS、HRAS変異をもつ複数のがん細胞に加え、BRAF阻害薬に耐性を示す悪性黒色腫モデルでも抗腫瘍効果が確認されました。

なお、RAFの結晶構造解析には、大型放射光施設SPring-8のBL38B1、BL45XUを使用しました。

今後の展開

今回の研究は、RASそのものを直接標的とするのではなく、「RASがシグナルを伝えるために必要なRAFの構造を変化させることで、RASシグナルを遮断する」という新しい創薬戦略を示しました。

このアプローチは、多様なRAS変異をもつがんに加え、既存薬に耐性を獲得したがんに対する新たな治療法の開発につながる可能性があります。

今後は、化合物のさらなる改良を進めるとともに、安全性や有効性を詳細に検証し、より高い治療効果と実用性を備えた次世代の分子標的がん治療薬の開発を目指します。

論文情報

タイトル

"Small-molecule RAS/RAF inhibitors target RAS-driven cancers via allosteric RAF disruption"

DOI

10.1038/s41467-026-76337-2

著者

Yoko Yoshikawa, Hirokazu Kubota, Shigeyuki Matsumoto, Yoshiteru Makino, Takashi Kawamura, Hitomi Yuki, Naoki Sakai, Akira Shibaike, Megumi Okamura, Wakako Fujimoto-Sakisaka, Kou Honda, Taisuke Horikawa, Ichiro Mori, Morihito Okada, Manabu Horikawa, Kazumasa Horie, Michiyo Koyanagi-Aoi, Takashi Aoi, Tohru Kataoka, Tomoyo Okada, Atsuo Tamura, Teruki Honma, Takashi Kumasaka, Hiroo Koyama, and Fumi Shima

掲載誌

Nature Communications

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者