岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 (医) の片野坂友紀講師と同大学客員研究員の氏原嘉洋博士 (当時・川崎医科大学講師;現・名古屋工業大学准教授) は、神戸大学大学院医学研究科の金川基講師および川崎医科大学の研究グループと共同して、筋ジストロフィーに合併する心筋症発症のしくみを解明し、心機能を改善する新しい治療薬候補を開発しました。筋ジストロフィーに合併する心筋症の治療に新たな選択肢を供給することへつながる道筋をひらくものと考えられます。

筋ジストロフィー心筋症でみられる収縮軸に沿った微小管の過重合

これらの研究成果は12月17日、英国の総合科学雑誌「Nature Communications」電子版に掲載されました。

筋ジストロフィー症は、全身の筋力低下、吸器障害、心筋障害などさまざまな機能障害や合併症を伴う重篤な疾患です。なかでも、心筋症は重篤な疾患であり、心移植以外に有効な治療法がないために、主要な死因となることが知られています。心筋症で低下した心機能を改善することで、患者様の生活の質の改善や生存期間の延長が期待できます。本研究成果は、筋ジストロフィー症に苦しむ数多くの人を救う新たな治療方法を提案するだけではなく、広く心不全や骨格筋病態を対象とした治療研究に対しても、重要な起点となることが期待されます。

ポイント

  • 筋ジストロフィー症はさまざまな機能障害や合併症を伴う重篤な疾患であり、特に心筋症※1に関しては心移植以外に有効な治療法がなく、主要な死因となることが知られています。
  • 福山型筋ジストロフィー症※2の原因遺伝子・フクチンを欠損させた疾患モデルマウスを世界で初めて作成し、重篤な心不全を生じることや、微小管※3の過重合がその原因となっていること、コルヒチン※4によってマウスの寿命を延ばせることなどを明らかにしました。
  • 筋ジストロフィー症の新たな治療につながるだけでなく、広く心不全や骨格筋病態を対象とした治療研究に対しても重要な起点となることが期待されます。

発表内容

現状

筋ジストロフィー症は、筋繊維の破壊や変性・再生を繰り返しながら、次第に全身の筋力低下が進行する遺伝性の疾患で、国内患者数は約2万5000人で、国から難病指定を受けています。筋ジストロフィーは心筋症を合併するケースも多く、心不全は主な死因のひとつです。心筋症の根本治療は心移植以外に、有効な治療法がありませんでした。本研究では、福山型筋ジストロフィー症に合併する心筋症の発症のしくみを明らかにする研究を行いました。

研究成果の内容

本研究では、福山型筋ジストロフィー症の原因遺伝子であるフクチン遺伝子を欠損させたマウスを作出しました。このマウスの心臓では、糖鎖※5の欠落および心機能の低下が再現されており、福山型筋ジストロフィー患者の心病態を再現する世界で初めての疾患モデルとなりました。また、このモデルマウスの心臓は、高血圧などの血行力学負荷に対して適応的な応答ができず、たちまち心不全を引き起こしてしまうことが明らかとなりました。さらに、このマウスの心筋細胞の形態および機能解析によって、収縮軸に沿った微小管の重合が収縮の抵抗になっていることが明らかとなりました。過重合した微小管をコルヒチンという薬剤で壊すと、心筋細胞の収縮力低下が改善されただけでなく、心筋症を呈していたマウスの心形態と心機能が改善され、マウスの寿命を延ばすことができました。

社会的な意義

今回の発見により、原因不明だった福山型筋ジストロフィーに合併する心筋症の発症機序が明らかになり、新たな治療法が見出されました。他の病型の筋ジストロフィーや原因不明の心筋症においても、同様のメカニズムで発症する可能性が浮上し、微小管を治療標的とする心筋症の新たな治療法の開発に拍車がかかるものと期待されます。本研究成果は、筋ジストロフィー症に苦しむ数多くの人を救う新たな治療方法を提案するだけではなく、広く心不全や骨格筋病態を対象とした治療研究に対しても、重要な起点となることが期待されます。

研究資金

本研究は、文科省科研費事業 (17H02085, 18K19924 to Y.K., 17H04740 to Y.U. and 17H06421 to M.K.)、AMED革新的先端研究開発事業-PRIMEおよびCREST (JP17gm5810003 to Y.K. and JP17gm0810010 to M.K.)、内閣府・最先端次世代研究開発プロジェクト (10104401 to Y.K.) 、持田記念医学薬学財団・先進医薬振興財団・鈴木謙三記念医化学応用財団・ウエスコ財団 (to Y.K.)、武田科学振興財団 (to Y.K. and M.K.) などの支援を受けて実施しました。

補足・用語説明

※1 心筋症
心筋の壊死により、心臓のポンプ機能障害をきたす疾患。
※2 福山型先天性筋ジストロフィー症
福山型先天性筋ジストロフィー症は、小児期の筋ジストロフィーの中では日本で2番目に多い疾患で、糖鎖付加酵素フクチンを原因遺伝子としますが、未だ病態には不明な点が多く根本的な治療法はありません。フクチンが働かない場合は、筋細胞表面に存在するジストログリカンというタンパク質に結合している糖鎖に異常が起き、筋細胞が壊死してしまいます。
※3 微小管
主要な細胞骨格の一つで、チューブリンというタンパク質を構成単位とする線維状の構造物。重合と脱重合を繰り返し、細胞の形態維持や変化、細胞分裂、細胞内輸送など、さまざまな重要な役割を担っています。
※4 コルヒチン
微小管の重合阻害薬であり、痛風発作の緩解および予防や家族性地中海熱の治療薬としても使われています。
※5 糖鎖
糖がつながりあった化合物で、DNA、タンパク質に次ぐ第三の生命鎖と呼ばれ、生体で重要な機能を果たしています。糖鎖はタンパク質や脂質などに結合することで、さまざまな生理活性を発揮します。有名なところではインフルエンザの感染やABO血液型などに関連します。

論文情報

タイトル
"Elimination of fukutin reveals cellular and molecular pathomechanisms in muscular dystrophy-associated heart failure"
DOI
10.1038/s41467-019-13623-2
著者
Yoshihiro Ujihara, Motoi Kanagawa, Satoshi Mohri, Satomi Takatsu, Kazuhiro Kobayashi, Tatsushi Toda, Keiji Naruse, Yuki Katanosaka*
(* corresponding author)

掲載紙
Nature Communications

研究者

SDGs

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