神戸大学大学院医学研究科iPS細胞医学応用分野の青井貴之教授、石田貴樹研究員らと、藤澤正人学長の所属する神戸大学大学院医学研究科腎泌尿器科学分野の研究グループは、ヒトiPS細胞※1から男性ホルモン (テストステロン) を産生するライディッヒ細胞※2を作製することに成功しました。将来的に、ライディッヒ細胞移植による男性更年期障害※3の治療が期待されます。この研究成果は、9月21日に、「Endocrinology」に掲載されました。

ポイント

  • ヒトiPS細胞からライディッヒ細胞を作製することに成功しました。
  • このライディッヒ細胞が産生する男性ホルモンは、機能的にも問題無いことが確認されました。
  • 将来的には、ヒトiPS細胞から作製したライディッヒ細胞を男性更年期障害の患者に移植することで男性更年期障害を治療することが可能だと考えられます。

研究の背景

中高年の女性では閉経する時期を挟んだ約10年間で女性ホルモン (エストロゲン) の低下により更年期障害が起きることはよく知られていますが、男性も加齢により男性ホルモン (テストステロン) が低下し、抑うつ症状※4や、性機能 (性欲や勃起能など)、筋肉量、骨密度などの低下が認められることがあり、日常生活に大きな支障をきたしてしまう男性更年期障害があります。男性更年期障害の状態にある人はわが国で数十万~200万人以上いるといわれていますが、まだまだ認知度が低いのが現状です。男性更年期障害の患者には定期的な男性ホルモンの補充療法が行われていますが、頻回の通院治療が必要であることや、分泌によらないホルモンの補充による血中ホルモン濃度の動態がこの治療の問題点となっています。そこで、あらゆる細胞に分化する能力を持つヒトiPS細胞から男性ホルモンを産生するライディッヒ細胞を作製し、男性更年期障害の患者に移植することができれば根本的な治療になると考え、私たちは研究を始めました。

研究の内容

石田貴樹研究員らは、性腺や副腎の発生に重要な役割をしているNR5A1を男性由来のiPS細胞に発現させることで、ライディッヒ細胞を作製しました。作製した細胞はライディッヒ細胞に特徴的な遺伝子を発現していました (図1・図2)。

iPS細胞から作製したライディッヒ細胞は男性ホルモンを産生しており (図3)、この産生された男性ホルモンは、LNCaP細胞という男性ホルモンによって増殖する細胞を用いた細胞増殖実験において増殖を促進する働きを示したことから、機能的なものであることが分かりました (図4)。

今後の展開

本研究ではヒトiPS細胞から作製したライディッヒ細胞を作製することに成功しました。将来的には、ヒトiPS細胞から作製したライディッヒ細胞を、男性更年期障害患者へ移植する再生医療の実現につながる成果と考えられます。

また、ライディッヒ細胞はほとんど増殖しない細胞であり、培養が難しいことも知られています。ヒトiPS細胞から作製したライディッヒ細胞を用いることで、再生医療に限らず様々なライディッヒ細胞の研究に役立つ可能性があります。

用語解説

※1 iPS細胞
iPS細胞とは、人工多能性幹細胞 (induced pluripotent stem cell) の略語です。神戸大学出身の山中伸弥教授が開発しました。iPS細胞は、人間の皮膚や血液などの細胞に少数の因子を導入し特定の条件で培養することで、細胞を未熟な細胞へと初期化させたもので、さまざまな細胞へ分化する多能性と無限の増殖能力をもっています。
※2 ライディッヒ細胞
ライディッヒ細胞は、男性の精巣 (睾丸) の中にある細胞で、男性ホルモンを産生することが主な役割です。血液中の男性ホルモンのうち90%以上はライディッヒ細胞から作られています。
※3 男性更年期障害
男性更年期障害とは、加齢により男性ホルモン (テストステロン) が低下し、抑うつ (気分の落ち込みや意欲の低下) 症状や、性機能の低下、筋肉量の減少、脂肪量の増加、骨密度の低下を認め、日常生活に大きな支障をきたしてしまう病態です。患者数は、わが国で数十万~200万人以上いるといわれていますが、まだまだ認知度が低く、様々な症状の原因が分からなくて悩まれている方も多くいます。男性更年期障害の患者の治療は根治的な治療法はなく、対症療法として定期的な男性ホルモンの補充療法が必要ですが、頻回の通院治療が必要であることや、血中のホルモン濃度の変動が本来のホルモン分泌によるものと異なることにより、症状の改善を妨げてしまっていることが問題点となっています。
※4 抑うつ
気分の落ち込みや意欲の低下などにより、様々な精神症状や身体症状を認めることです。抑うつの程度が強く、期間が長く続くなどの診断基準を満たすとうつ病と診断されます。

謝辞

本研究は日本医療研究開発機構 (AMED) 再生医療実現拠点ネットワークプログラム及び日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、一般社団法人神緑会助成金、坂上明教育研究寄附金などの支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル
Differentiation of Human Induced Pluripotent Stem Cells Into Testosterone-Producing Leydig-like Cells
DOI
10.1210/endocr/bqab202
著者
石田貴樹、小柳三千代、山宮大輔、大西篤志、佐藤克哉、上原慶一郎、藤澤正人、青井貴之
掲載誌
Endocrinology

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研究者