慶應義塾大学自然科学研究教育センターの藤澤由貴子研究員、同大学法学部の杉本憲彦教授らの研究チームは、金星大気に対するデータ同化(※1)システムに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の金星探査機「あかつき」(※2)から得られる観測データを加えることで、世界で初めての金星大気の客観解析データ(気象データセット)(※3)を作成することに成功しました。

金星は厚い雲層によって空全体を覆われており、内部の大気の運動についてはほとんどわかっていません。また、大気大循環モデル(※4)を用いた大気運動の数値シミュレーションが試みられていますが、金星大気の運動を正確には再現できていません。今回の研究では、地球の気象予報や気象学研究で用いられているデータ同化手法を金星の大気大循環モデルに導入し、金星探査機「あかつき」で得られた高解像度かつ高頻度の水平風速の観測データをモデルに取り込み、風速・温度・気圧場を含む金星大気の全球にわたる客観解析データを作成することに成功しました。作成した客観解析データを様々な角度から分析することにより、金星気象の謎の解明が革新的に進むと期待されます。

本研究は国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構の村上真也主任研究開発員、京都産業大学の高木征弘教授、岡山大学のはしもとじょーじ教授、神戸大学の樫村博基講師、林祥介教授らとの共同研究です。

本研究の成果は、英国ネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)発刊の学術雑誌 Scientific Reports に、2022年8月26日付(英国時間)のオンライン版で公開されました。

ポイント

  • 金星大気大循環モデルとデータ同化システムを利用して、金星探査機「あかつき」で観測された水平風速データから全球にわたる風速・温度・気圧場を含む金星大気の客観解析データを作成することに成功
  • 過去の金星大気の観測結果と比較して、本研究で作成した客観解析データの有用性を示した
  • 今後、様々な角度から客観解析データを分析することにより、金星大気の謎の解明が革新的に進むと期待される

研究背景

金星は地球の双子星と称されるように、太陽系内で大きさと平均密度がもっとも地球に似た惑星ですが、金星大気の運動や気温分布は地球大気と大きく異なっています。金星では大気全体が自転を追い越す向きに高速回転しており、上層大気では赤道上の自転速度の60倍(時速約360 km)にも達します。「大気スーパーローテーション」と呼ばれるこの現象のメカニズムはいまだに十分には解明されておらず、惑星気象学最大の謎のひとつに数えられています。金星は空全体が硫酸の厚い雲によって覆われ、大気内部の運動は観測が困難であることもあり、金星大気の運動に関する理解は十分ではありません。

本研究グループでは、「あかつき」が観測を始める前から、金星大気の数値シミュレーションを行う、金星大気大循環モデル「AFES-Venus」の開発を進めてきました。「AFES-Venus」は、現実的なスーパーローテーションの再現1)と維持2)、これまでの観測で発見されてきた周極低温域3)や雲の巨大な筋状構造4)の再現、高解像度計算による熱潮汐波(※5)からの自発的な重力波放射の発見5)など、世界初となる様々な研究成果を挙げてきました。また、アンサンブルデータ同化と呼ばれる地球や火星大気のデータ同化で用いられている手法を「AFES-Venus」に導入した金星大気データ同化システム「ALEDAS-V」を開発し、欧州宇宙機関の金星探査機「Venus Express」の観測データを用いた同化実験により、探査機の観測データを利用したデータ同化が金星大気にも有用であることを示してきました6)

地球や火星大気の客観解析データは、既に数多く作成されて公開されており、それらの分析研究が盛んに行われています。一方で、金星大気の観測や数値シミュレーション研究は、地球や火星に比べて遅れているため、金星大気の客観解析データの作成は挑戦的な取り組みです。

研究内容・成果

本研究では、金星探査機「あかつき」の観測から得られる水平風速データを、金星大気データ同化システム「ALEDAS-V」に用いて、大気大循環モデルに同化しました。観測データは時空間的に偏りがありますが、これを同化することで全球にわたる客観解析データを作成しました。また、この客観解析データを調べたところ、観測されている惑星規模の大気波動(熱潮汐波)を全球的に正しく再現していることが確認されました。熱潮汐波は大気大循環モデル単体では再現が難しかった現象であり、これが再現されたことは本研究の客観解析データの妥当性・有用性を示しています。なお、データ同化には膨大な計算が必要になりますが、本研究グループでは、海洋研究開発機構のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いることでこれを実現しました。


▲あかつきの観測データとAFES-Venusの数値シミュレーションの予報データを同化することにより、金星大気のより「確からしい」状態を時空間的に再現したデータ(客観解析データ)が世界で初めて得られた。
▲東西風速の高度70kmにおける現地時刻緯度断面図。左があかつきの観測結果、中央が同化なしの大気大循環モデルの結果、右が同化によって得られた客観解析データ。同化することによって、客観解析データ(右)は観測データ(左)に近い形に改善されています。また、観測データのない高緯度や夜面にもデータ同化の影響が広がっています。

今後の展開

金星大気には、近年の「あかつき」などの観測データの分析により、熱潮汐波の他に、ロスビー波やケルビン波といった時空間的に様々な惑星規模波動があることがわかってきています。また、周極低温域やスーパーローテーションといった金星特有の持続的構造も時間空間的に変動していることがわかってきています。こうした現象の分析には、風速・温度・気圧場の関係性を詳しく調べる必要があり、時間空間的に限られた観測データだけでは不十分です。数値モデルの不確実性と観測データの間欠性とを補い合う今回の研究成果は、観測データと数値モデルの両方を最大限に活用でき、金星大気の運動を解明する新たな糸口となるでしょう。大気スーパーローテーションの成因の解明など、金星大気内部の運動の理解が大きく進むと期待されます。

謝辞

本研究は、海洋研究開発機構の地球シミュレータ公募課題「AFESを用いた金星・火星大気の高解像度大循環シミュレーション」、JSPS科研費 JP19H01971、JP19H05605、JP20K04064の助成をうけて実施されました。

用語解説

※1 データ同化
数値シミュレーションモデルに観測データを融合させる手法のこと。地球の場合では、天気・季節予報の精度を向上させるための正確なモデル初期値を作成するために用いられることが多いが、ここでは、観測によってしか知りえない金星の大気状態をモデルに組み込むことで、観測ができない場所(高さ、緯度経度、時間など)での未知の大気現象の発見を試みる。本研究グループでは、海洋研究開発機構の有する地球大気大循環モデルAFES(Atmospheric general circulation model for Earth Simulator)と同化コードLETKF(局所変換アンサンブルカルマンフィルター: Local Ensemble Transform Kalman Filter)を金星に応用し、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で実行する、金星大気大循環モデル AFES-Venus と金星データ同化システム ALEDAS-Vを開発した。
※2 あかつき
日本の金星探査機。金星大気の謎を解明するために開発され、日本の惑星探査機として初めて地球以外の惑星を回る軌道に入ることに成功した。2010年5月21日に打ち上げられたが、2010年12月7日に金星の周回軌道投入に失敗し、金星に近い軌道で太陽を周回した。2015年12月7日に金星周回軌道への投入を再び試み、成功した。観測波長の異なる複数のカメラを搭載して金星の大気を立体的に観測している。
※3 客観解析データ
データ同化により数値シミュレーションモデルと観測データを融合した結果得られるデータセット。地球では「再解析データ」と呼ばれ、世界各国の気象機関から公開・提供されている。
※4 大気大循環モデル
流体力学や熱力学の方程式を基に、大気の流れや温度・湿度の変化を計算するためのコンピュータプログラム。大気大循環モデルを用いて数日から経年スケールの大気現象をシミュレートし、メカニズムや予測可能性を調査する。
※5 熱潮汐波(ねつちょうせきは)
太陽が加熱する領域が移動することによって大気中に励起される惑星規模の波。地球にも昼間熱せられ、夜冷却されることにより、一日および半日周期の潮汐波が励起される。金星にも熱潮汐波が存在することが観測からわかっている。地球の海では、潮の満ち引きに関わる潮汐が存在するが、これは月の引力によって生み出されるもので、熱潮汐とは別物である。

参考文献

  • (1) Fully developed superrotation driven by the mean meridional circulation in a Venus GCM, N. Sugimoto, M. Takagi, and Y. Matsuda, Geophysical Research Letters, Vol.46, (2019), p1776–1784.
  • (2) Waves in a Venus general circulation model, N. Sugimoto, M. Takagi, and Y. Matsuda, Geophysical Research Letters, Vol.41, (2014), p7461–7467.
  • (3) The puzzling Venusian polar atmospheric structure reproduced by a general circulation model, H. Ando, N. Sugimoto, M. Takagi, H. Kashimura, T. Imamura, and Y. Matsuda, Nature Communications, Vol. 7, (2016), 10398.
  • (4) Planetary-scale streak structure reproduced in high-resolution simulations of the Venus atmosphere with a low-stability layer, H. Kashimura, N. Sugimoto, M. Takagi, Y. Matsuda, W. Ohfuchi, T. Enomoto, K. Nakajima, M. Ishiwatari, T. M. Sato, G. L. Hashimoto, T. Satoh, Y. O. Takahashi, and Y.-Y. Hayashi, Nature Communications, Vol.10, (2019), 23.
  • (5) Generation of gravity waves from thermal tides in the Venus atmosphere, N. Sugimoto, Y. Fujisawa, H. Kashimura, K. Noguchi, T. Kuroda, M. Takagi, and Y.-Y. Hayashi, Nature Communications Vol. 12, (2021), 3682.
  • (6) Development of an ensemble Kalman filter data assimilation system for the Venusian atmosphere, N. Sugimoto, A. Yamazaki, T. Kouyama, H. Kashimura, T. Enomoto, and M. Takagi, Scientific Reports, Vol.7, (2017), 9321.

論文情報

タイトル
The first assimilation of Akatsuki single-layer winds and its validation with Venusian atmospheric waves excited by solar heating
DOI:10.1038/s41598-022-18634-6
著者
Y. Fujisawa, S. Murakami, N. Sugimoto, M. Takagi, T. Imamura, T. Horinouchi, G. L. Hashimonto, M. Ishiwatari, T. Enomoto, T. Miyoshi, H. Kashimura, and Y-Y. Hayashi
掲載誌
Scientific Reports

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